学生最後の日
柊は、大学の卒業式が終わってから、社会人生活のスタートまで残り1週間というこの短い春休みを、
「最後の思い出作り」として、毎日のように誰かと遊んでいた。学科の同期とはカフェ巡りや映画。
バレー部の同期・後輩とは練習後の飯やゲームセンター。
退職したバイト先の同僚とは久しぶりの飲み会。
予定が詰まりすぎて、逆に疲れが溜まる日もあったけど、
「学生最後の時間」を無駄にしたくない、という思いが柊を駆り立てていた。
3月30日、木曜日。
柊の学生生活、最後の本格的な遊びの日。
昼はバレー部の同期たちとボウリング。
ストライク連発で盛り上がり、負けたやつがジュース奢りというルールで、みんなが笑い転げていた。
夜は焼肉屋でガッツリ食べて、そのままカラオケへ流れ込んだ。
歌い疲れて、笑い疲れて、時間を忘れて騒いでいたら、気づけば時計は25時を回っていた。
終電はとうに過ぎている。
酒も飲んでいるから車も乗れない。
下宿先のアパートは既に引き払って実家に戻っていたため、今日の寝床すらどうしようもない状況。
店を出てみんなが「どうすっかな〜」と笑い合っている中、柊は冗談半分で、隣にいた理央に言った。
「理央……今日、泊めてくれない?終電ないし、タクシーも高いし……」
理央は意外にあっさり、
「寝るだけね?」
柊は慌てて、
「もちろん! 変な意味じゃないよ!ただ、床で寝るだけ!」
理央はくすっと笑って、
「わかってるよ。でも、変なことしたら蹴り飛ばすからね」
25時過ぎ、2人は並んで歩いて理央のアパートへ向かった。
街灯が2人の顔を断続的に照らす。
「柊くん、4月から社会人だもんね……今日が実質学生最後の日か」
「……うん。なんか、実感ないけど」
「まあ、ゆっくり実感すればいいよ。私はまだ院生だから、柊くんが社会人になっても、友達でいられるし」
26時頃、理央のアパートに着いたとき、2人はまだ眠気より興奮と疲労が勝っていた。
理央は鍵を開けながら
「ほら、入って入って。靴は適当に脱いでいいから」って言い、
柊は「ごめん、ほんとに急に……」と謝りながら中に入った。
部屋は少し散らかってて、ベッドの上にクッションが山積み、机の上にノートと参考書が積まれている。
理央は電気を点けて、
「とりあえず座って。お茶入れる? それともビールあるけど」
ってキッチンに向かった。
柊はソファに腰を下ろし、
「…お茶でいい」
と小さく言った。
理央がお茶を持って戻ってきて、柊の隣に座った。
肩が触れ合うくらいの距離。2人は自然と肩を並べて、そのまま話し始めた。
最初は大学の振り返り。
「4年間、あっという間だったね……
入学したての頃、柊くんってめっちゃ無口で、海月先輩のことしか頭になさそうだったのに」
って笑うと、
柊は
「……確かに。あの頃は、毎日先輩のことしか考えられなかった」
と苦笑いした。
理央は
「でもさ、1年生の頃から私が柊くんの愚痴聞いてるの、今思うと結構長い付き合いだよね。
ヤケ酒に付き合ったり、旅行行ったり、全部、柊くんが誰かに振り回されてる時期だった」
って言った。
柊はグラスを握りしめて、
「……ほんと、理央には感謝しかない。俺、瑶季のときも海月先輩のときも、好きになりすぎて、嫉妬して、独占したくなって、自分を苦しめて……
理央がいなかったら、もっと早く壊れてたと思う」
理央は
「壊れてたかもね。でも、柊くんは壊れなかった。ちゃんと、前に進もうとしてたよ」
って優しく言った。
話は自然と瑶季のことに移った。
「……瑶季のときも、同じだった。中学3年の冬、俺壊れかけてた。
自傷して、痛みで逃げて、瑶季が傷見て本気で泣いて怒ってくれた。
『どうして話してくれなかったの!?』って。
あの涙が、俺に初めて『必要とされてる』って実感くれた。
それから毎日通話して、初詣で同じ願い事して、夏祭りで手繋いで……
あの頃は、瑶季がいれば何でも乗り越えられるって思ってた。
でも、公立受験で別々の高校になって、連絡が減って、俺は毎晩スマホ握って既読待って、瑶季のSNS見て嫉妬して、3年半も引きずって……
海月先輩に出会うまで、忘れられなかった」
理央は静かに聞いて、
「瑶季さん……今思うと、柊くんにとって、初めての『本気の好き』だったんだね」
柊は
「……うん。でも、俺は告白できなかった。怖くて。
拒絶されたら終わりだと思って。結果、離れて、俺だけが過去に縋ってた。
あの夜、瑶季が急に連絡してきて、身体重ねたとき……『あの時、私も好きだった』って言われて、頭真っ白になった。
でも、次の日、普通に別れて……また、俺だけが残された」
理央は
「……辛かったね」
って、柊の肩に頭を預けた。
柊は
「海月さんのときも、同じ。新歓で抱きつかれた瞬間、瑶季の記憶が全部塗り替えられた。
でも、結局また同じこと繰り返した。好きになりすぎて、嫉妬して、独占したくなって、告白して断られて……
今も、頭の中で海月さんの笑顔が浮かぶ。腕時計見るたび、先輩のこと思い出す。シャンパンのボトルも捨てられない。俺……どうしたらいいんだろう」
「柊くんは、『好き』って気持ちを、全力で向けるタイプだよね。
それが悪いわけじゃない。ただ、今はまだ、『好き=失うのが怖い』って思ってるから、苦しみが大きくなる。少しずつ、『好き=嬉しい』って思えるようになるよ。私、信じてるから」
「……理央、ほんとにありがとう。俺、理央がいなかったら、ここまで来れなかった」
初めて泣きながら言った。
「泣いていいよ。最後の学生の夜なんだから」
深夜3時頃、ようやく2人は眠くなった。
理央はベッドに、柊はソファに布団を敷いて、電気を消した。
でも、柊は眠れなかった。
暗闇の中で、寂しさが急に押し寄せてくる。
学生生活が終わる。もうすぐ社会人。
理央とも、会う機会が減るかもしれない。
そんな思いが、胸を締めつける。
柊は、布団の中で体を丸めて、小さく震えた。
理央の声が暗闇から聞こえた。
「柊くん……眠れない?」
「……うん。なんか、急に寂しくなって……」
理央はベッドから起き上がって、
「こっち来なよ。……一緒に寝よ?寂しがってるの見たら、放っておけないよ」
「え……いいの?」
理央は笑って、
「寝るだけだよ。変なことしないから、安心して」
「変な事しないってそれ、男側が言うもんだろ…」
柊は苦笑いしながらも内心で感謝しつつ、布団を畳んで理央のベッドに移動した。
2人は、並んで横になる。
理央が「こっち向いて」と言うので、柊は理央の方を向いた。
暗闇の中で、理央の目が優しく光っている。
理央は、柊の手を握って、
「柊くん……お疲れさま。大学生活、よく頑張ったね。
もうすぐ社会人だけど、私、ずっと味方だから。何かあったら、いつでも連絡して」
柊は、理央の手を強く握り返して、
「……ありがとう。理央がいてくれて、ほんとに良かった」
2人は、そのまま手を繋いで眠った。
何も起きなかった。
ただ、互いの体温を感じながら、静かに朝を迎えた。




