卒業の日
3月25日、大学卒業の日。
同期達の笑い声、教授陣や顧問の最後の言葉、後輩たちの「お疲れ様でした!」という声援。
すべてが耳に入るのに、心にはほとんど響かない。
学科での話やバレー部の卒部式が終わって、みんなが散らばっていく中、柊は一人、体育館のベンチに座った。
左手首の腕時計が、静かに針を進めている。
海月先輩がくれたもの。
今も、外せない。
理央が近づいてきた。
卒業式の袴姿で、いつもより少し大人びて見える。
「柊くん……ここにいたんだ」
柊は小さく頷いた。理央は隣に座って、
「卒業、おめでとう。これで大学生も終わりだね」
って、静かに言った。
柊は
「……うん。おめでとう、理央。
大学院進学、決まってよかったな」
と返した。
声が少し掠れている。
しばらくの沈黙。
柊が、ぽつりと口を開いた。
「……最後まで、海月先輩を忘れられなかった。今日まで、ずっと頭の中にいた。
俺、ほんとに変わらないな……好きになりすぎて、執着して、諦めきれなくて、自分を苦しめて……
高校のときの瑶季のときと同じこと、大学4年間繰り返しただけだ。
しかも、途中からは瑶季のことも再燃して……
俺の性質って、ほんとにどうしようもないよな」
理央は黙って聞いていた。
柊は目を伏せて、続けた。
「でも……理央、ありがとう。1年生のときからずっと、俺の愚痴聞いてくれて、海月先輩のこと相談乗ってくれて、一緒に旅行行ってくれて、ヤケ酒に付き合ってくれて……
俺、理央がいなかったら、もっと早く壊れてた。
ほんとに、心から感謝してる。友達でいてくれて、ありがとう」
理央は少し目を潤ませて、
「バカ……急に真面目になるなよ」
って笑ったけど、声が少し震えていた。
「私の方こそ、ありがとうだよ。柊くんがいてくれたから、私も大学生活、楽しく過ごせた。
柊くんは、ほんとに優しくて、真っ直ぐで、バカみたいに一途で……それが、柊くんのいいところだよ。
今はまだ苦しいかもしれないけど、いつか、『好き』って気持ちが、重くなくて温かいものになる日が来るよ。私、信じてるから」
柊は
「……うん」
と小さく頷いた。
涙が、ぽろりと落ちた。
理央は
「柊くん、社会人、頑張ってね。
私はまだ大学にいるから、何か辛いことがあったら、また来ていいよ。
いつでも、味方だから……」
柊は
「……ありがとう、理央。俺も、理央の大学院生活、応援してる」
って、初めて笑った。
少しだけ、自然な笑顔だった。
2人は、桜の木の下で、しばらく並んで座っていた。
卒業式の喧騒が遠く聞こえる中、互いに恋愛感情はない。
ただ、「良い友人」として、これまでの4年間を、静かに振り返っていた。
瑶季と海月への執着は、まだ胸に残っている。
でも、理央という友達がいる今、柊は少しだけ、「前に進める」と思えた。
柊は、海月の腕時計をつけたまま、新しい一歩を踏み出す。
柊の心の中ではまだ、海月の笑顔と、瑶季の体温が、静かに息づいている。




