再燃、板挟み
柊は、瑶季との一夜の後、後悔と混乱に吞まれていた。
家に帰ってベッドに倒れ込み、シーツの匂いを嗅いだ瞬間、瑶季の体温が蘇る。
唇の柔らかさ、「好きだったんだよ」という言葉、体を重ねたときの息遣い、全部が鮮明に頭の中に戻ってきた。
忘れていたはずだった。
海月先輩に出会ってから、瑶季の記憶は完全に薄れ、誕生日すら忘れるほど過去になっていたはずだった。
なのに、昨夜の勢いと瑶季の誘惑が、すべてを掘り返してしまった。
瑶季をまた求めてしまう。
「今さら何で?」と思うのに、
頭が、身体が、瑶季を欲する。
瑶季のキスが、瑶季の肌が、瑶季の声が、また胸を埋め尽くす。
「また会いたい」という思いが、無意識に浮かぶ。
意思とは反して、瑶季への執着が、再び燃え上がった。
しかし、同時に、海月への執着が、手放せない。
左手首の腕時計を見ると、海月の笑顔が浮かぶ。
新歓コンパのハグ、プチデートのカフェ、シャンパンを渡されたときの「20歳の記念に♡」という言葉。
空のボトルは、まだ部屋の棚に置いてある。
捨てられない。
海月はもういないのに、
毎日、講義室の廊下で幻影を探してしまう。
部活のコートで、海月の声が聞こえるような気がする。
「海月先輩……」
と、無意識に呟いてしまう。
瑶季と海月、2人への執着を同時に抱えるという、これまでで最悪の地獄に落ちた。
朝起きて、瑶季の体温を思い出す。
講義中、海月の笑顔が浮かぶ。
練習中、瑶季の「好きだったんだよ」が耳に響く。
バイト中、海月のハグの感触が体を熱くする。
夜、ベッドで、
2人の記憶が交互に襲ってくる。
瑶季のキス、海月の頭撫で、瑶季の腰の曲線、海月の甘い声。
全部が混ざって、胸が締めつけられる。
「なぜ2人なんだ」
「俺は、瑶季を忘れたはずだったのに」
「海月先輩は諦めたはずだったのに」
最悪のループ。
瑶季への執着が蘇り、海月への執着が残る。
2人の幻影が、柊の心を分割して支配する。
「忘れたい」と思うのに、「忘れたくない」という想いが、それを許さない。
瑶季のときと同じ葛藤が、海月との記憶も巻き込んで、倍以上の苦しみになる。
瑶季の体温を思い出すたび、海月先輩の笑顔が頭をよぎる。
海月先輩の腕時計を撫でるたび、瑶季のキスが唇に蘇る。
部活の練習中も、
瑶季の体温と海月の温もりが交互に浮かんで、
集中できない。
理央は、そんな柊を心配そうに見守っていた。
練習後のカフェで、
「柊くん……最近また、元気ないよね。海月先輩のこと? それとも……瑶季さんのこと?」
柊は、ココアをかき混ぜながら、
「……両方だ。瑶季のことが、急に蘇ってきて……海月先輩の記憶も、消えない。
俺、2人への執着で、頭がおかしくなりそう」
理央はため息をついて、
「柊くん……瑶季さんとの夜、話してくれたけど、あれがきっかけで、また瑶季さんへの想いが再燃したんだね。海月先輩のことも、手放せない。
柊くん、好きになりすぎるから苦しいんだよ。
でも……今は、両方を抱え込んでる状態じゃ、壊れちゃうよ。
私、そばにいるから。一緒に、整理しようよ」
柊は、理央の言葉に、胸が少し軽くなった気がした。
「…うん。ありがとう、理央」
でも、心の奥底では、瑶季と海月先輩への執着が、まだ消えていない。
2人の幻影は、柊の日常に静かに寄り添い続ける。




