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好きになりすぎるのは、悪いことですか  作者: ネロ
大学時代編

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後悔

翌朝、柊は瑶季を家まで送り届けた。

瑶季は助手席で少し眠そうにしていたが、酔いが完全に覚めたようで、車が家の前に停まると、

「ありがとう、柊くん。昨日は楽しかったよ。またね」

と、いつもの明るい声で笑って降りた。

まるで何事もなかったかのように。

軽く手を振って、家の玄関に入っていく後ろ姿を見送りながら、柊はハンドルを握ったまま固まっていた。

楽しかった、か。

昨夜の記憶が、頭の中でぐるぐる回る。

瑶季の唇の柔らかさ、体温、「好きだったんだよ」という言葉、互いの名前を呼び合いながら重なり合った時間。

勢いに流されて、理性が吹き飛んで、

6年ぶりに会った瑶季と、身体を重ねた。

忘れたはずだった。

完全に過去になったはずだった。

なのに、今朝の瑶季は、まるで「一夜の過ち」でもないかのように、普通に別れを告げた。

柊の胸は、混乱でいっぱいだった。

嬉しかった。

苦しかった。

怖かった。

また、執着が戻ってくるんじゃないか。

また、あの地獄に落ちるんじゃないか。

でも、同時に、「瑶季は俺を覚えていてくれた」という事実が、心の奥を温かくする。

矛盾が、頭をぐちゃぐちゃに掻き回す。


その日の講義は、ほとんど頭に入らなかった。

教授の声が遠く、ノートを取る手が止まる。

部活の練習も、スパイクがネットにかかり、ブロックのタイミングがずれる。

同期が

「柊、今日どうした? 顔色悪いぞ」

と心配そうに声をかけてくる。

柊は

「……ちょっと体調悪いだけ」

と誤魔化したけど、明らかに様子がおかしいのは誰の目にも明らかだった。


練習後、理央が近づいてきた。

理央

「柊くん、今日ヤバいよ。練習中もずっとボーッとしてたし……何かあった?」

柊は俯いたまま、

「……ここじゃ話しづらいから……皆がいないところでなら」

とだけ答えた。

理央は一瞬目を細めて、

「……わかった。じゃあ、部活終わったら私の部屋に来な。絶対来てよ。逃げたら許さないから」

って、強い目で言った。

柊は

「……うん」

と頷いた。


部活が終わって、理央のアパートに向かう道中、柊は左手首の腕時計を無意識に触っていた。

海月先輩がくれたもの。

昨夜、瑶季とホテルに入ったときも、この時計は外せなかった。

今は、どちらの記憶も、胸の中で混ざり合って、痛い。


理央の部屋に着くと、いつものような落ち着いた、温かい空間。

理央は

「ほら、座って。ビール飲む? それともお茶?」

って聞いたけど、

柊は

「……何でもいい」

とソファに崩れ落ちた。

理央は向かいに座って、

「で?何があったの?海月先輩のこと……?」

と、静かに聞いた。

柊は深呼吸して、ゆっくり話し始めた。

「……昨日、瑶季から急に電話がかかってきた。酔っ払ってて、地元で飲んでたって。

迎えに来てくれって言われて、車で迎えに行ったんだ。

それで…家まで送る途中、瑶季が……キスしてきて……

それから、ラブホ行って……ヤッちゃった」

理央の目が大きく見開かれた。

「……え?瑶季さんって……中学の?3年半引きずってたっていう子?」

柊は頷いて、

「うん。瑶季は『あの時、私も好きだった』って言って……

俺、頭真っ白になって、海月先輩のこと、全部忘れた。あのときだけは、瑶季しかいなかった。

でも、今朝、瑶季は普通に別れて……『またね』って。

俺、また……同じこと繰り返したのかなって」


理央は黙って聞いていた。

柊は左手首の腕時計を触りながら、

「海月先輩のことも、まだ忘れられない。腕時計見るたび、先輩のこと思い出す。

シャンパンのボトルも、捨てられない。

でも、昨夜は瑶季と……俺、どうしたらいいかわからない。

また、執着のループに戻るのかな……」


理央は少し考えて、

ゆっくり言った。

「……柊くん、まず、よく話してくれたね。

ありがとう。瑶季さんとのこと、昨夜のことは……

柊くんの気持ちが、まだ過去に縋ってる証拠だと思う。

海月先輩への執着を断ち切ろうとして、でも断ち切れなくて、

瑶季ちゃんという『過去』に逃げたんだよ。

昨夜は、『あの頃に戻れた』って、一瞬だけ安心したんだと思う。

でも、現実は変わらない。瑶季ちゃんはもう、『またね』って去っていった。

海月先輩も、もういない。

柊くんは、今、『今』の自分と向き合わなきゃいけないタイミングなんだよ」

柊は「……向き合うって、どうすれば?」

って聞いた。

理央は

「わからない。でも、『忘れたいけど忘れたくない』って葛藤を、

無理に解決しようとしなくていい。

ただ、毎日少しずつ、『俺は一人でも生きていける』

って実感を積み重ねていく。

私、柊くんの隣にいるから。壊れそうになったら、いつでもここに来て。

一緒に、ゆっくり進もう」

柊は

「……うん」

って頷いた。


しばらくして、理央は静かに、でもはっきりと言った。

「瑶季さんは『あのとき、私も好きだった』って言ったんだよね?」

柊は小さく頷いた。

声が出ない。

理央

「確かに、何で今になってってのは分かる。

数年連絡すら取ってなかったのに、酔った状態で電話かけてくるなんて……

瑶季さんも、柊くんの事を忘れられていなかったのかもしれないよ……?」

柊の目が少し揺れた。

「…そう、かな」

理央は優しく、でも冷静に続ける。

「もし柊くんが望むなら、もう1度連絡して会ってみるのも良いと思う。

そしたら、今度は上手く行くかもしれない。

ちゃんと気持ちを伝え合って、恋人としてやり直せるかもしれない。

上手くいけば、海月さんの事も割り切れるかもしれない」

柊は

「……うん」

とだけ呟いた。

理央の言葉は希望に満ちていて、

胸の奥が少し温かくなる。


でも、同時に、理央は希望を語るだけじゃなかった。

「けど……酔った女はワンナイトなんて平気でするよ。

柊くんは男だから分かりにくいかもしれないけど、女にだってそういう時がある。

だから瑶季さんも、ただ酔った勢いのワンナイトっていう可能性もある。

まして、東京で社会人してるなら、男慣れしててワンナイトなんてなおさらザラかもしれない。

だから……ここで柊くんがまた瑶季さんを本気で思い始めたら、また高校3年間みたいに……いや、それ以上に苦しむ可能性だってある……」


理央の声は静かで、でも鋭かった。

「柊くんはまた瑶季さんを好きになってしまった。

けど瑶季ちゃんにそんなつもりは無くて、ただ酔った勢いの一夜限りの関係。

……もしそうなったとき、柊くんは耐えられる?」

柊は目を伏せた。

左手首の腕時計を強く握りしめる。

海月のプレゼント。

まだ捨てられない。

瑶季の体温がまだ残っている。

2人の記憶が、胸の中でぶつかり合って、痛い。

理央は最後に、優しく、でも真剣に聞いた。

「柊くんは……どうしたい?」

柊は長い沈黙のあと、掠れた声で答えた。

「……わからない。瑶季に会いたい。また、触れたい。

あの言葉が本当なら、もう1度、ちゃんと好きって言いたい。

でも……怖い。

また、過去みたいに、俺だけが執着して、瑶季は普通に去っていくだけなら……耐えられないかもしれない」

理央は黙って柊の隣に座り、肩を抱き寄せた。

「無理に決めなくていいよ。今はまだ、混乱してるだけ。

明日になったら、また違う気持ちになるかもしれない。

柊くんのペースでいい。

ただ……1人で抱え込まないで。

いつでもここに来て。一緒に、考えるから」

柊は

「……ありがとう、理央」

って、初めて少し泣いた。

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