暴走
柊の海月への恋心は、止まらない。
むしろ、日を追うごとに深く、熱く、息苦しくなる。
海月先輩は4年生。
あと1年で卒業する。
頭では分かっている。
このまま想い続けていても、俺が幸せになれる確率は低い。
卒業したら、部活で会う機会はなくなる。
就活、卒論、就職先での新しい生活——
海月先輩の日常から、俺はどんどん排除されていく。
それでも、気持ちは止められない。
海月先輩の笑顔を見るだけで胸が熱くなり、海月先輩の声が聞こえるだけで息が楽になる。
海月先輩が他の誰かと話しているのを見ると、胸の奥が締め付けられて、吐き気がする。
(俺だけを見てほしい……俺だけと話してほしい……)
練習日によって、俺の調子は極端に変わった。
海月先輩が卒論や就活で部活に来ていない日は、動きが鈍くなる。
トスが上がっても、跳ぶ力が湧かない。スパイクはネットに引っかかり、レシーブは後ろに逸れる。
「柊、今日なんかダメだな」って言われても、
「すみません……」としか返せない。
心がどこか別の場所に飛んでいて、コートに立てていない。
海月先輩がいない体育館は、ただの広い空洞にしか見えない。
逆に、海月先輩が来ている日は違う。
海月先輩の姿が見えた瞬間、俺の体は勝手に動く。
助走が長くなり、跳躍が高くなる。
スパイクはいつもより鋭く、コートに突き刺さる。
レシーブはスパイクを狙って、必死に体を投げ出す。
「今日の柊、ヤバいな」「海月先輩いるだけで別人じゃん」と笑われる。
俺はただ、「海月先輩に見ててほしい」という一心で跳んでいるだけだ。
そんな様子は、周りにはバレバレだった。
男子部の同期が、練習後に俺を肘で突いてくる。
「柊、お前完全に海月先輩に落ちてるだろ。先輩いない日はゾンビみたいだし、いる日は神がかってる」
女子部の1年生が、ニヤニヤしながら
「柊くん、海月先輩見るとき目がキラキラしてるよ〜。もう完全にバレてるから」
俺は「そんなんじゃないです」と否定するけど、誰も信じていない。
海月先輩だけが、知らない。
海月先輩はいつも通り、
「柊くん、今日もすごかったよ〜! 私も負けないように頑張らなきゃ♡」
と笑顔で声をかけてくれる。
俺は「ありがとうございます」と返すだけで、視線を逸らして、心臓の音を隠す。
俺の想いは、どんどん膨らむ。
恋心、嫉妬、独占欲——
すべてが、海月先輩に向かって、暴走し続ける。
会う機会は部活以外でも増え始めた。
同じ学部学科という共通点が、予想以上に絡み合ってくる。
講義の空きコマで図書館の自習スペースに座っていると、向かいの席に海月先輩が座る。
「柊くん、ここ空いてたんだ〜。私もちょっと卒論の資料探しててさ」
柔らかい笑顔でそう言われて、俺は一瞬息を止める。
心臓が、耳元で爆発しそうに鳴る。
「…はい、座ってください」
なんとか平静を装って返すけど、声が少し上ずっているのが自分でもわかる。
海月先輩はスマホを置いて、
「私、卒論テーマ決めるの遅れちゃってて…柊くん、学科の先輩に聞いたらおすすめの先生いた?」
と普通に話しかけてくる。
俺は必死に頭を働かせて答える。
「…あの、〇〇先生が詳しいって聞いたことあります」
海月先輩は目を輝かせて、
「えー! ありがとう! 私、明日相談しに行ってみよっかな♡」
その「♡」の響きだけで、俺の1日が決まる。
部活以外でたまたま会っただけなのに、
一言、二言、普通の会話をしただけで、胸が熱くなって、
帰りの電車の中でもずっと海月先輩の笑顔が頭から離れない。
LINEも、少しずつ増え始めた。最初は部活の連絡だけだった。
「明日の練習、合同でやるよ〜! 楽しみにしててね♡」
俺は「了解です」と返すだけ。
俺はわかっている。
海月先輩は、俺を「可愛い後輩」としてしか見ていない。
新歓のハグは、酔った勢い。
今も、ただの「同じ高校の後輩」として、気軽に接してくれているだけ。
異性として見られていないこと、はっきりわかっている。
でも、気持ちは止められない。
海月先輩と話すだけで、心臓が爆発しそうに高鳴る。
一言交わしただけで、1日幸せになる。
海月先輩が他の男子部員と笑っているのを見ると、胸がえぐられる。
海月先輩が女子部の後輩と楽しそうにしているのを見ると、
(俺だけを見てほしい……俺だけと話してほしい……)
という独占欲が、抑えきれなくなる。
少しずつ、アプローチを試みた。
練習後にご飯、遊びに行ったり、色々誘ってみた。
でも、卒論や就活を理由に優しく、でも上手く躱されるばかり。
アプローチが上手くいかないたび、
嫉妬と独占欲が膨らむ。
恋心、嫉妬、独占欲——
すべてが、海月先輩に向かって、暴走し続ける。
あと1年で海月先輩は卒業する。
それまで、この想いはどうなるのか。
届くのか。壊れるのか。
柊は、まだわからないまま、毎日のように海月先輩を探してしまう。




