再現
新歓コンパの翌日から、柊の頭の中は完全に海月先輩で埋め尽くされた。
朝起きて最初に思い浮かぶのは、昨夜のハグの感触。
練習に行く途中の電車の中で、彼女のシャンプーの匂いを思い出して胸が熱くなる。
授業中、教授の声が遠く聞こえる間に、
「海月先輩、今何してるかな……」
とぼんやり考えてしまう。
部活の練習が始まると、コートで彼女の姿を探してしまう。
女子部は男子部と隣で練習している。
海月先輩がスパイクを打つ姿を見ると、心臓がドクドク鳴って、自分のスパイクが決まっても、「見ててくれたかな」ってそればかり考えてしまう。
3年半も瑶季に囚われていたのが、嘘みたいだった。
瑶季の写真は消した。
トーク履歴も消した。
定期演奏会の記憶も、
夏祭りの手繋ぎも、
自傷がバレた日の涙も、
全部が急に遠く感じる。
それどころか、もはや全く思い出さなくなった。
今、頭の中を占めているのは海月先輩だけ。
彼女の笑い声、
少し低めのハスキーな声、酔ったときの甘えた口調、
「柊くん〜可愛いじゃん!」って言って抱きついてきた感触。
全部が、瑶季の記憶を塗り替えてしまった。
でも、それは「恋心が移った」という綺麗な話じゃなかった。
柊の根本は何も変わっていなかった。
ただ、執着の矛先が瑶季から海月先輩に移っただけ。
嫉妬心、独占欲、依存——
全部がそのまま、海月先輩に向かっている。
練習後、海月先輩が他の男子部員と笑いながら話しているのを見ると、胸がざわつく。
「なんであいつとそんなに楽しそうなんだ」
「俺よりあいつの方が面白いのか」
「触らないでほしい」
そんな黒い声が頭の中でループする。
海月先輩が他の後輩に「可愛い〜!」って絡んでいるのを見ると、吐き気がする。
想像が暴走する。
海月先輩が誰かと付き合って、
「おはよう」ってLINEを送って、デートして、俺じゃない誰かの隣で笑っている。
考えただけで、胃が捩れる。
「海月先輩を俺のものにしたい」
そんな言葉が、無意識に頭をよぎる。
瑶季のときと同じように、「他の誰かに取られたくない」という恐怖が、
今度は海月先輩に向かっている。
練習中、海月先輩が
「柊くん、今日のスパイクえぐかったね〜! かっこよかった♡」
って笑顔で言ってくれると、一瞬で世界が輝く。
でも、その笑顔が他の誰かに向いた瞬間、また暗闇が戻ってくる。
柊は気づいていた。
これは恋じゃない。
少なくとも、健全な恋じゃない。
ただ、虚無の穴を埋めるための、新しい「依存先」を見つけただけ。
瑶季のときと同じように、海月先輩を「俺の救い」にしてしまっている。
彼女がいれば大丈夫。
彼女がいなくなったら、また壊れる。
そんな危ういバランスの上に、柊の心は立っている。
ある日の練習後、
海月先輩が柊に近づいてきて、
「ねえ柊くん、今度みんなで飲み行かない?
私、柊くんともっと話したいな〜♡」
って甘えた声で言ってきた。
柊は、
「…行きたいです」
と即答した。
心臓が爆発しそうなくらい鳴っている。
でも、同時に思う。
俺はまた、誰かを「必要」としてしまっている。
寝ても覚めても海月先輩の声が脳内で反響し続ける。
何をしていても海月先輩のことが頭から離れない。
この新しい依存は、柊を救うのか。
それとも、また同じ地獄を繰り返すのか。




