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好きになりすぎるのは、悪いことですか  作者: ネロ
大学時代編

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38/77

上書き

大学入学から3週間が経ったある金曜日の夜。

バレー部の新歓コンパは、大学近くの居酒屋を貸し切っての盛大なものだった。

毎年恒例の男女合同コンパ。


1年生は緊張しながらも、先輩たちの明るいノリに引っ張られ、すぐに打ち解けていく。

柊もドリンクを少しずつ口に運びながら、隣の同期たちと笑い合っていた。

練習後の疲労が心地よく、汗の匂いがまだ体に残っている。

会が進み、上級生たちの酒がかなり回ってきた頃。

4年生の女子バレー部員、海月みつき先輩が柊の隣にドサッと座ってきた。

「ねえ、柊くん! 同じ高校じゃん! 運命感じる〜」


海月先輩は、柊と同じ学部学科の3学年上。

高校時代はちょうど入れ違いで、顔を合わせたことはなかった。

でも、出身高校の名前を聞いた瞬間から、海月先輩は目を輝かせて話しかけてきた。

「高校のバレー部、先輩にいた?」

「学科のあの教授、厳しいよね?」

「文化祭のときの屋台、何やってた?」

共通の話題が次々と出て、柊は自然と笑顔になる。

久しぶりに、誰かと「同じ過去」を共有できる感覚が心地よかった。

周りの4年生たちが酔った勢いで

「あんまり素面の1年生に絡むなよ〜」

「海月、ストップ!」

と冷やかしてくる。

海月先輩は笑いながら、

「滅多にいない同じ高校の可愛い後輩だしいいじゃん!」

と言って、急に柊の肩を抱き寄せた。

そのまま、見せつけるようにぎゅっと抱きしめてくる。

柔らかい胸の感触。

甘いシャンプーの匂い。

海月先輩の体温が、柊の体に直接伝わってくる。

周りは「酔いすぎだぞ〜」「海月、離せ離せ!」と笑いながら止めに入る。


でも、柊は……

離したくなかった。反射的に、両腕を回して抱きしめ返した。

海月先輩の背中が、細くて温かくて、少し汗ばんでいる。

瑶季の手を繋いだときの、ぎこちない緊張感とは全然違う。

いきなり、こんなに近くに、こんなに温もりが来るなんて。

心臓が爆発しそうなくらい鳴っている。

でも、嫌じゃなかった。

むしろ、この温もりが、今までずっと空いていた穴を、一瞬で埋めてくれた。

「…え、柊くん、抱き返してきた!?」海月先輩が少し驚いた声で言う。

周りが「おおー!」「1年生積極的!」と大爆笑。

海月先輩は離れて、顔を赤くしながら

「ちょっと〜、照れるじゃん!」

と笑ったけど、柊はもう、頭の中が真っ白だった。

その瞬間、柊は海月先輩に落とされた。

瑶季という想い人を失い、絶望的なまでの虚無感の中で、深い繋がりを求め続けていた。

孤独、虚無、不安、毎晩押し寄せるそれらを、瑶季の記憶で誤魔化してきた。

でも今、目の前のこの先輩のハグが、あまりにも刺激が強すぎた。

瑶季とは、手を繋ぐまでしかしなかった。ぎこちなくて、緊張して、でもそれが特別だった。


なのに今、いきなりこんなに近くに、体温を、匂いを、息遣いを、全部感じてしまった。

酔った勢いだって、頭ではわかっている。

先輩はただのノリで、後輩に絡んだだけだって。

でも、心は止まらない。

海月先輩の笑顔が、温もりが、匂いが、一瞬で、瑶季の記憶の上に上書きされてしまった。


コンパの終わり頃、海月先輩が少し酔いが醒めて、

「今日はごめんね、絡みすぎちゃった」

と笑いながら言ってきた。

柊は、

「いえ、全然……嬉しかったです」

と小さく返した。

海月先輩は少し驚いた顔をして、

「ふふ、素直〜。また部活でよろしくね」

と言って去っていった。


その夜、寮に戻った柊は、ベッドに倒れ込んで、天井を見つめた。

胸が、熱い。

瑶季のことを考えると痛かった胸が、今は違う熱で満ちている。

海月先輩のハグの感触が、まだ体に残っている。

初めて、瑶季以外の誰かに心が動いた瞬間だった。


虚無の穴に、新しい光が差し込んだ。

あれだけ強かった瑶季への思いに、執着に、一瞬で蓋が閉められた。

柊の心に、新しい扉が開いた。

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