誘い
瑶季のいない日常はあまりにも味気なく、月日はあっという間に流れた。
柊の日常は部活と勉強の繰り返しで埋め尽くされ、瑶季との連絡は週末に一往復あるかないかくらいまで減っていた。
それでも柊は毎晩、寝る前に瑶季のトーク画面を開いては既読の時刻を眺め、
「今日も返事来なかったな…」と胸がざわつくのを繰り返していた。
瑶季の元カレからのメッセージを見たあの日から、柊の心の中では恋という言葉が明確に根を張った。
だが、それは青春というような爽やかなものでも、ドラマや漫画のような甘いものではなかった。
毎晩のように瑶季のことを考え、瑶季が他の男と笑ってる姿を想像するだけで胃がねじれる。吐き気がして、夜中に何度もトイレに駆け込む日もあった。
瑶季の笑顔、声、匂い、全部が欲しくて、瑶季がいないと自分が崩れてしまいそうで怖い。
息苦しくて重々しい「瑶季がいないと俺は壊れる」という依存と執着と、「瑶季に近づく奴は許せない」というドス黒い独占欲が入り混じった、醜くて熱い何か。
それでも、告白なんてできるはずがない。
今さら「好きだ」って言ったら、瑶季は困るんじゃないか。
「友達としてじゃなくて?」って、引かれるんじゃないか。
「何で今になって?」って、呆れられるんじゃないか。
そんな想像が頭の中をぐるぐる回って、夜も眠れない。
7月下旬、夏休み直前。部活の練習が終わって、汗だくで帰宅した柊は、
シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。
スマホを手に取った瞬間、通知が光った。瑶季からだった。柊はスマホの画面を何度も見返した。
瑶季
『柊くん、夏休みって空いてる?
夏祭り一緒に行こ!
久々に会いたいなあ』
シンプルな3行。
でも、柊の胸に火がついた。指が震えて、すぐに返事が打てない。
既読をつけたまま、10分近く固まっていた。
(瑶季が…誘ってくれてる。久々に会いたいって…)
中学の頃は当たり前だった言葉が、今は特別に重い。
「俺はまだ瑶季にとって特別なのか?」
という淡い期待を、容赦なく煽る。
柊
『…うん、空いてる。夏祭り、行きたい。いつにする?』
送信してから、恐怖と興奮が同時に来た。
瑶季の返事が来るまでの数分が、永遠に感じた。
瑶季「やった! じゃあ7月28日はどう?
地元の神社でやってるやつ!浴衣着よっかな〜笑
楽しみ〜♡』
♡の絵文字を見た瞬間、柊の胸が締めつけられた。
これは友達としての♡なのか。
それとも…。
柊はスマホを胸に押し当てて、息を吐いた。
浴衣。
夏祭りで瑶季に会える。
浴衣姿の瑶季に会える。
花火を見ながら、自分の隣に瑶季がいる。
その想像だけで、頭の中を回り続ける嫉妬が、独占欲が、渇望が少しだけ和らぐ。
柊
『俺も楽しみ。浴衣、楽しみにしてるよ』
瑶季
『えへへ、じゃあ柊くんも甚平とかで来てね!似合いそう〜♡』
またハートのスタンプ。
柊は、涙が出そうになるのを堪えて、小さく呟いた。
「…瑶季、俺の側にいてくれ。ずっと、俺だけを見ててくれ」
夏休み直前。
この夏祭りが、2人の関係に何をもたらすのか。
柊は告白する勇気を持てない。
でも、この誘いが、自分の想いをさらに強くさせる予感がした。




