自覚
ある夜、珍しく瑶季の方からメッセージが届いた。画像が送信されていた。
何かと思って瑶季からのメッセージを開いた瞬間、心臓がどくんと鳴った。送られた画像は、トーク画面のスクリーンショット。そのトーク画面は、受験に集中するために別れたという、中学時代の瑶季の元カレからのもの。
内容は、復縁を匂わせる甘い言葉の連なりだった。
「受験に集中するためって別れたの、後悔してる」
「まだ瑶季のこと、好きだから」
「今度会えない? 話したい」
その下に、瑶季のメッセージ。
瑶季
『これ、どういう事?私、どうすればいい?』
柊は既読をつけた。
指が画面に触れたまま、動かない。
5分。
10分。
頭の中が真っ白で、何も浮かばない。
ただ、胸の奥で何かがぐちゃぐちゃに渦巻いている。
嫉妬。怒り。恐怖。
「瑶季が、他の奴と…」
想像しただけで息が苦しくなる。吐き気がして、その相手に対しては殺意さえも溢れてくる。
目の前は真っ暗になり、頭の中では嫉妬と独占欲と殺意がグルグルと回り続ける。
だが、この思いは瑶季には言えない。こんなドス黒い感情をぶつけても、困らせてしまうだけだろう。
それだけならまだ良いかもしれない。もしかしたら、恐怖を感じて離れていってしまうかもしれない。
今、瑶季にどんな言葉を返せばいいのか分からない。
既読をつけて30分経ったところで、瑶季から追撃のメッセージ。
瑶季
『ごめん、忘れて。急に重い話送っちゃったよね。気にしないで!』
その「忘れて」が、逆に柊の心を抉った。
瑶季は、何を期待していたんだろう。
「俺と付き合ってほしい」って言ってほしかった?
「俺の方が瑶季を好きだよ」って、独占欲丸出しで言ってほしかった?
瑶季の「ごめん忘れて」が、まるで「やっぱり柊くんはそんなこと言わないよね」という諦めのように聞こえて、胸が痛んだ。
でも、今さら何を言えばいい?柊はスマホを握りしめたまま、布団に倒れ込んだ。
天井を見つめながら、初めて自分の気持ちに名前をつけた。
俺、瑶季のことが好きだったんだ……中学の頃から、ずっと。
瑶季の笑顔、声、涙、全部が欲しくて、瑶季がいないと息ができないくらい。
瑶季は俺だけの側にいてほしい。俺だけを見てほしい。俺だけを必要としてほしい。
瑶季が他の誰かと笑ってる姿なんて、想像しただけで吐き気がする。
それは、もうとっくに友達の域を超えていた。
依存でもあり、執着でもあり——恋だった。
でも、今さら?
瑶季は元彼からのメッセージに動揺している。
今ここで「俺が好きだ」って言ったら、瑶季はどう思う?
「急に何?」
「今さら?」
「友達としてじゃなくて?」
そんな言葉が頭の中でぐるぐる回る。
告白して、瑶季が困った顔をしたら?
距離を置かれたら…?
完全に失ったら…?
柊はスマホを胸に押し当てて、目を閉じた。
涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。
柊
『…ごめん、返事遅くなった
瑶季は……どうしたい?』
送信してから、後悔が押し寄せた。
こんな中途半端な返事で、何ができる?
でも、それ以上は何も打てなかった。
数分後、瑶季から返信。
瑶季
『正直…わからない
付き合ってたときは確かに好きだったけど…今はもう違うって思ってたのに
急にこんなメッセージ来て、頭整理できなくて…
柊くんに相談したくて送っちゃった』
瑶季
『でも、柊くんも忙しいよね
ごめん、重くしちゃって』
柊は、喉の奥で嗚咽を飲み込んだ。
瑶季は、まだ俺を友達として見てる。
それが、嬉しいのに、苦しい。
柊
『重くないよ
瑶季が悩んでるなら、いつでも聞く
…俺は、瑶季の味方だから』
瑶季
『…ありがとう
柊くんがいてくれて、ほんとに良かった』
その言葉が、逆に柊の心を抉った。
「味方」
「友達」
「いてくれて良かった」
好きだと言えない。
告白できない。
瑶季を失うのが怖い。
でも、このままじゃ、瑶季が他の誰かと付き合ってしまうかもしれない。
柊はスマホを枕に押しつけて、小さく呟いた。
「…嫌だ。瑶季は、俺の側にいてくれ」
涙が、こぼれた。
高校に入ってから初めての、瑶季への本気の涙だった。
この夜、柊は初めて自分の恋心を自覚した。
でも、同時に、告白する勇気がないことも、自覚した。
瑶季への想いは、ますます強くなる一方で、
高校生活の忙しさと、連絡の希薄さが、その想いをさらに歪ませていく。




