高校入学
春の柔らかな陽射しが校舎を染め、桜が散り始めた頃、2人はそれぞれの新しい世界に足を踏み入れた。
柊は高校でもバレー部に入部した。
身長165cmの低身長エースは、高校でもすぐに注目を集めた。
練習で見せた跳躍力が話題になり、先輩たちから「中学の頃から噂は聞いてたけど、実物を見ると予想以上だな」と笑われる。
でも、柊は相変わらず「俺なんか…」と思いながら、黙々と練習をこなした。
クラスメイトに話しかけられても、表面的な会話はするが深い話には決して踏み込まない。
部活と勉強の両立で1日の大半が埋まり、夜は疲れて倒れ込むように眠る。
そんな中でも、スマホの通知だけが、唯一の「瑶季との繋がり」を思い出させるものだった。
瑶季も、高校でも吹奏楽部に入った。
フルートのパートリーダー候補として早くから期待され、コンクールに向けた練習が本格化する。
勉強も中学以上に難しくなり、数学の壁に何度もぶつかるが、柊が教えてくれた解法を思い出しながら、必死に食らいつく。
クラスでは明るいムードメーカーとして慕われ、友達も増えた。
でも、夜遅くに一人で参考書を開くと、ふと柊のことを思い出す。
「柊くん、今何してるかな…」
最初のうちは、毎日LINEが続いていた。
「おはよう、今日もがんばろ」
「部活終わった〜疲れた」
「数学のここ、わかんないんだけど…」
そんなやり取りが、2人の日常を繋いでいた。
でも、高校生活の忙しさが加速するにつれ、頻度は徐々に落ちていく。
2日に1回。
4日に1回。
週末だけ。
そして、気づけば10日以上既読がつかない日も出てきた。
柊は、通知が来ない夜に胸がざわつくのを感じた。
瑶季からのメッセージを待つ時間が、どんどん苦しくなる。
12月に教室で瑶季に腕の傷を見られて泣かれたこと。
あの瞬間から、瑶季は柊にとって「唯一の安全地帯」だった。
高校に入っても、他の誰とも深く繋がれなかった。
部活の仲間は「いい奴」だけど、友達以上の関係にはならない。
クラスメイトとも、表層的な付き合いだけ。
瑶季だけが、柊の心の奥底に触れられる存在だった。
でも、その瑶季が、少しずつ遠くなっていく。
メッセージの返事が遅くなるたび、柊の胸に暗い影が広がる。
「瑶季は忙しいんだ」
「俺が邪魔になってるのかも」
「俺なんか…瑶季の足枷になってるだけだろ」
そんな思考が、夜中にぐるぐる回る。
自傷はもうしていない。
でも、心の傷は別の形で疼き始めた。
これまでで強くなりすぎた瑶季への依存が、今になって急激に柊を蝕み始めた。
ある夜、柊はスマホを握りしめて、送信ボタンを押した。
柊
『瑶季、最近忙しい?
なんか…話したいんだけど、時間ある?』
既読がつくまで、2時間以上かかった。
瑶季
『ごめん! コンクールの練習が長引いちゃって…今からなら通話できるよ! 待ってて!』
通話がつながった瞬間、瑶季の声が少し疲れていた。
「柊くん、お疲れさま。最近返事遅くなってごめんね…部活と勉強とで頭パンクしそうで」
柊は、喉が詰まるのを堪えて、
「…俺も。でも、瑶季の声聞けて、ちょっと安心した」
瑶季は小さく笑って、
「私も。柊くんの声聞くと、なんかホッとするよ。高校違っちゃったけど…まだ友達だよね?」
「うん。ずっと…友達だよ」
言葉はシンプルだった。
でも、柊の心の中では、その「友達」という言葉が、重く響いた。
瑶季ともっと話したい。もっと一緒にいたい。隣にいてほしい。
けど……このまま瑶季とは疎遠になっていくかもしれない。
いや、その前に愛想を尽かして離れていくかもしれない。依存が強すぎて、瑶季を縛っている気がする。
そんな矛盾が、柊を夜ごとに追い詰めていく。高校1年生の春は、そんな風に過ぎていく。
2人はまだ繋がっている。
でも、その糸は少しずつ、細く、脆くなっていく。




