公立受験 2日目
3月9日(水)、第1志望校の受験前夜。
2人は早めに寝ることを条件に、通話を繋いだ。
これはもう、勉強の対策会議というより、ただ「一緒にいる」ための儀式になっていた。
スマホを枕元に置き、イヤホンを耳に挿して、布団に横になる。
瑶季
『…柊くん、もう布団入った?』
柊
『うん。参考書はもう閉じた。
今日は早めに寝るって約束だから、勉強はここまで』
瑶季
『私も。なんか、明日が本番だって実感湧いてきて…緊張するね』
柊
『俺もだよ。でも、瑶季の声聞こえてるだけで、ちょっと落ち着く』
瑶季
『…私も、柊くんの声が聞こえてるだけで安心するよ』
会話はほとんど途切れ途切れ。
時々、どちらかが「…明日、絶対がんばろうね」と呟く。
それに対して、もう片方が「うん」とだけ返す。
それだけで十分だった。
お互いの存在が、最大の安心材料。
勉強の不安も、明日のプレッシャーも、この通話の間だけは、少し遠くに感じられた。
瑶季
『…柊くん、明日一緒に行かない?』
柊
『…え?』
瑶季
『同じ高校だもん。朝一緒に電車乗って、会場まで歩いて…一緒にいたいなって』
柊は胸が熱くなった。
「…うん。行こう。一緒に」
瑶季
『やった…!じゃあ、明日の朝7時、いつもの駅で待ってるね』
柊
『了解……おやすみ、瑶季。明日、がんばろう』
瑶季
『おやすみ、柊くん。大好きだよ…って、友達としてね! 受験がんばろ!』
柊は小さく笑って、通話を切った。
でも、瑶季の最後の言葉が、耳に残って離れない。
「大好きだよ…って、友達としてね!」
それは冗談めかした言葉だったけど、柊にとっては一番の安心材料だった。
瑶季のその言葉が、柊の低い自己肯定感を高めてくれる。失う恐怖と孤独感に苛まれる心に、自信と安らぎをくれた。
3月10日(木)、入試当日。
朝7時、駅の改札前。
柊は少し早めに着いて待っていた。
制服の上にコートを羽織り、手には受験票と筆記用具、直前まで復習するための参考書が入ったカバン。
瑶季が走って近づいてくるのが見えた。
「おはよう! 待たせちゃった!?」
「いや、今来たばっかだよ…おはよう」
2人は並んで電車に乗り、会場へ向かった。
車内ではほとんど言葉を交わさず、ただ肩を寄せ合うように座っていた。
時々、瑶季が「緊張するね…」と呟くと、柊が「大丈夫。俺たちならいける」と返す。
会場に着くと2人の席は別々の教室だった。入り口で手を振って別れた。
「頑張ろう!終わったら待っててね!帰りも一緒だよ!」
「うん。今日、頑張ろう」
試験は1日がかり。
5教科、午前・午後で分かれ、休憩を挟みながら進む。
柊は冷静に、集中して解けた。
数学の関数問題も、1校目でのミスを活かして完璧に処理。
英語の長文も、瑶季と一緒に読んだ過去問のおかげでスムーズ。
手応えは、抜群だった。
帰りの電車内では、手応えについて軽く話しはしたものの、2人ともやっと受験が終わったというタイミングで勉強の話をしたくないと無意識に感じていたのか、他の他愛もない話をしていた。
帰宅後の自己採点では合計:96/100
ほぼ満点に近い。
間違いなく合格圏内。一方、瑶季は…微妙だったようだ。
帰宅後の通話で、声が少し沈んでいた。
瑶季
『…柊くん、どうだった?』
柊
『俺、96点だった。かなり手応えあった。瑶季は?』
瑶季
『…私、82点…英語と国語はよかったけど、数学で大コケした。
関数と確率の融合問題、頭真っ白になっちゃって…社会も1問ミスったかも』
柊は、言葉を選んだ。
柊
『まだわからないよ。ボーダー次第だし…』
瑶季
『うん…そう思いたいけど、ちょっと不安。
柊くんは絶対大丈夫だと思うけど、私…もし落ちたら、柊くんと違う高校になっちゃう』
…声が少し震えていた。
柊は、胸が痛んだ。
柊
『…瑶季、俺はどこに行っても、瑶季のこと忘れないよ。でも、俺は信じてる。瑶季なら受かってるって。一緒に、待とう。合格発表まで』
瑶季
『…ありがとう。
柊くんの言葉、ほんとに心強いよ。私も、信じる。2人とも、受かってるって』
通話の最後、瑶季が小さく言った。
瑶季
『ねえ、受験は今日で終わったけど…これからもLINEとか通話とか続けたい……一緒に勉強してたみたいに、これからも会ってくれる?』
柊
『…もちろんだよ。俺はもう…瑶季のいない日常なんて、考えられない』
合格発表は18日。1週間後である。
柊の手応えは確かだったけど、瑶季の不安が、自分の胸にも移ってくる。
同じ高校に行けるか、行けないか。
それは、もうすぐわかる。




