瑶季の誕生日
3月6日、公立1校目の受験前日。
2人の所在地では公立高校を2校まで受験できる。2人にとっては1校目は第2志望、2校目が第1志望となる高校だった。第2志望とはいえ、公立受験本番の前日ということで、柊は勉強により一層身が入る……かと思いきや、それどころではなかった。
この日は、瑶季の誕生日でもあった。
柊は夜中、ベッドに座ったままスマホの画面を睨んでいた。
時計は午前3時を回り、部屋は静かすぎて自分の心臓の音がうるさい。
柊は瑶季へのお祝いメッセージを何時間も考えていた。
そして、何度も書き直した長文メッセージをようやく完成させた。
送信時刻は瑶季の誕生日、3:06に合わせるという、ちょっとしたこだわり。
眠気に抗いながら、目をこすって待つ。
3時6分ちょうどに、送信ボタンを押した。
『瑶季、誕生日おめでとう。
今日で15歳か。なんか、急に大人っぽくなった気がする。
...いや、俺の方がまだガキっぽいかもな。
初めて話したときのこと、覚えてる?
体育祭の写真で腕引っ張られて、真ん中に座らされた日。
あのとき初めてちゃんと話したよね。
俺、最初は「なんで俺なんかに…」って思ってた。
でも瑶季が「すごかった!」って言ってくれて、LINEが始まって、
それから毎日話すようになって…
気づいたら、俺の毎日のほとんどが瑶季との時間になってた。
12月の、あの辛い時期。俺、壊れかけてた。
自分で自分を傷つけて、痛みで逃げてた。
瑶季が教室で泣いて怒ってくれた日、
「大事な人なんだよ」って言ってくれたこと、
今でも全部覚えてる。
あの涙がなかったら、俺今頃どうなってたかわからない。
瑶季がいてくれたから、俺はまだここにいられる。
本当に、ありがとう。
明日から公立受験だね。
一緒の高校行けるかわからないけど、
どっちの結果になっても、俺は瑶季の味方だよ。
合格しても、不合格でも、
瑶季が笑っててくれるなら、それでいい。
明日、絶対に頑張ろう。
瑶季の笑顔が見たいから。
俺も、瑶季に「よく頑張ったね」って言われたいから。
誕生日おめでとう、瑶季。
大好きだよ』
送信した瞬間、胸がざわついて、すぐに後悔と照れが混じった。
「大好きだよ」って、最後に付けちゃった…。
でも、もう取り消せない。
スマホを枕元に置いて、布団に潜り込んだ。
眠気と緊張と、変な幸福感が混ざって、なかなか寝付けなかった。
翌朝、日中。
2人はいつものファミレスで参考書を広げていた。
でも、今日はほとんどページが進まない。
瑶季は朝起きてすぐメッセージを読んで、柊に『ありがとう…泣いた』って返信をくれた。
そのあと、2人で会う約束をした。テーブルに置かれた参考書は開いたままだけど、
2人の視線は互いに向いている時間が長い。
瑶季がぽつりと言った。
「昨日のメッセージ…ほんとに嬉しかった。
『大好きだよ』って書いてあったの、すごく温かかった」
柊は顔を赤くして、参考書に目を落とした。
「…勢いで書いた。恥ずかしい」
瑶季はくすくす笑って、
「私も、柊くんのこと大好きだよ。…友達として、ね?」
って、いつもの明るい声で言った。
でもその「友達として、ね?」の部分が、少しだけ寂しげに聞こえた気がした。
勉強はほとんど形だけ。
問題を解くふりをして、時々目が合っては笑い合う。
不安を掻き消すために、一緒にいる。
それが今日の最大の目的だった。
瑶季がコーヒーを飲みながら、
「明日、終わったら何しようか。なんか美味しいもの食べに行こ?」
柊は頷いて、「…うん。瑶季が決めて」
ファミレスの窓から見える空は、春の気配が少しずつ近づいている。
2人は参考書を閉じて、互いの顔を見た。
明日が来るのが、怖いような、楽しみなような。
でも今、この瞬間だけは、
隣にいるだけで十分だった。
公立受験1校目前日、瑶季の誕生日。
2人の「最後の学校生活の延長」が静かに終わろうとしていた。




