卒業
月日は本当にあっという間に流れ、3月4日の金曜日。
公立高校の入試が直前に迫っているが、今日の皆はそれどころではない。
今日は卒業式だ。皆が受験へのプレッシャーや勉強のことを今この瞬間だけは忘れているようだった。
晴れた空の下で厳かに卒業式が執り行われた。
校長の言葉、在校生の送辞、卒業生代表の答辞。
柊は特に何をするわけでもなく、ただ席に座って聞いていた。
でも、胸の奥がざわついていた。
もうここには来ない。
クラスメイトも、瑶季も、みんなバラバラになるかもしれない。
式が終わって教室に戻り、クラスでの集合写真を撮った。
柊はまたしてもセンターに押し出され、みんなに囲まれて笑顔を浮かべた。
全体が解散した自由時間。グラウンドや校舎のあちこちで、親しい友人同士や部活仲間が記念撮影をしている。
でも、心の中では「瑶季はどこだ…」と探していた。
柊はバレー部の同期や後輩たちと最後の集合写真を撮り終え、
「柊先輩、絶対高校でもバレー続けてくださいね!」
と声をかけられながら、校舎内を歩き始めた。
教室、廊下、階段と、ただ瑶季の姿を探す。
心臓が少し速くなる。
(瑶季は…どこにいるんだろう)
ちょうどその頃、瑶季も同じことをしていた。
吹奏楽部の仲間たちと写真を撮り終え、
「瑶季、柊くん探してるんでしょ〜?」
とからかわれながら、教室の方へ急いでいた。
2人は、ちょうど廊下の角で鉢合わせた。
「あっ、柊くん!」
「瑶季…!」
互いに駆け寄るように近づき、
瑶季がスマホを構えて自撮りモードにした。
「写真撮ろう! 卒業記念!ツーショット!」
柊は少し照れながらも、瑶季の隣に並んだ。瑶季の肩が触れる距離。
周りのクラスメイトがチラチラ見て、
「なんでアレでまだ付き合ってないの?」
「 卒業式にツーショットとか、もう確定じゃん」
「撮ってやろうかー!? 俺がプロカメラマンになるわ!」
と冷やかし声が飛ぶ。柊は耳まで赤くなって俯き、
瑶季は「もう、うるさいなー!」と笑いながら手を振った。
でも、2人とも否定しなかった。
周りから見たら、もう付き合ってるも同然だった。
実際、クラスでは「瑶季と柊、卒業したら正式に付き合うんじゃね?」という噂が定着していた。
シャッター音が何度か鳴る。
瑶季が「はい、ピース!」と言って、2人で笑顔になる。
柊は、瑶季の横顔を間近で見て、胸が熱くなった。
(この瞬間、ずっと覚えていたい)
卒業式の喧騒が少し落ち着いた頃、2人は一旦別れた。
「家帰って着替えてから、また合流しよう」
「うん! いつものファミレスで待ってるね」
柊は家に帰り、制服を脱いで私服に着替えた。
黒のシンプルなパーカー、白のTシャツ、ジーンズ。
いつものスタイルだけど、今日は少しだけ鏡を見て髪を直した。
ファミレスに着くと、瑶季はすでに窓際の席に座っていた。
私服姿の瑶季——白のニットに淡いピンクのスカート、マフラー。
いつもより少し大人っぽく見えて、柊は一瞬息を飲んだ。
「柊くん、 卒業おめでとう!」
「瑶季も…卒業おめでとう」
2人は席に座り、いつものように参考書を広げた。
公立入試まであと数日。
滑り止めは取れたけど、本命の公立トップ校はまだ決まっていない。
でも、今日は勉強というより、ただ一緒にいる時間が欲しかった。瑶季がコーヒーを飲みながら、ぽつりと言った。
「…今日で、中学ともお別れだね。なんか、寂しい」
柊は頷いて、「うん。でも、俺たちはまだ一緒にいられるよ。公立、絶対受かろう」
瑶季は笑って、「うん! 2人で同じ高校、行こうね」
その言葉に、柊の胸が温かくなった。
勉強を始めながらも、時々視線が絡む。
瑶季がノートを指差して説明するとき、指先が触れそうになる。
クラスメイト達の冷やかし声が頭に残っているけど、今はそれさえも心地いい。このファミレスの時間は、卒業式の延長線上だった。
もうすぐ入試。
その先の未来。
2人は、確実に同じ方向を見ていた。
でも、柊は瑶季への感情にまだ名前が付けられていない。
ただ、瑶季がいない世界なんて考えられないという恐怖だけが、静かに根を張っている。




