加速
柊はベッドに横たわったまま、スマホを胸の上に置いていた。
熱はまだ38度前後をうろつき、頭がぼんやりする。
枕元に積んだ参考書には手を伸ばす気力すら起きないが、インフルエンザという免罪符が罪悪感を薄めてくれる。
でも、別の感情がどんどん膨らんでいく。
……寂しい、瑶季の声が聞きたい。
今日の学校で何があったのか、瑶季の声で聞きたい。
瑶季を求める渇望が、瑶季に会えない孤独感が柊の胸を強く締め付ける。
昼頃は無理矢理眠りについて何とか凌いだ。
しかし夕方頃、瑶季が家に帰ってきたであろうタイミングで、指が自然にLINEを開く。
柊
『今、話しても大丈夫?』
瑶季はいつものようにすぐに反応してくれるが、既読がつくのがいつもより長く感じた。
瑶季
『私は全然いいし何なら私も話したいけど…柊くん、まだ寝てた方がいいんじゃないの?』
柊
『眠れないんだ……
なんか、寂しくて……押し潰されそう』
瑶季
『そっか…寂しいって、熱のせい? それとも他に何かあった?』
柊
『熱もあるけど…それだけじゃないかも。学校行けなくて、瑶季の声聞けないのが辛い。
今日、学校どうだった?普通の話でいいから、聞かせてほしい』
既読はすぐに着いたが、返事が返ってくることは無かった。
その代わり、すぐに通話の着信が鳴った。
「もしもし…柊くん?」
声が聞こえた瞬間、柊の目頭が熱くなった。
「…うん。声、聞けて嬉しい」
瑶季は少し慌てたように笑う。
「ごめんね、急に通話しちゃって。でも、文字だけじゃ伝わりにくいかなって思って…
今日の学校、普通だよ。数学の小テスト返ってきたんだけど、私85点だった! 柊くんが教えてくれた増減表のやつ、めっちゃ出たんだよ〜」
「…85点。すごいじゃん。おめでとう」
「ありがとう!。でも、柊くんがいないと教室なんか寂しいよ。
みんな『柊、インフルだって』って心配してた。
級長のあいつが『柊抜きじゃクラス弱いな〜』って冗談言ってたけど、なんか本気っぽかったよ」
柊は小さく笑った。
でも、喉の奥が詰まる。
「俺も、瑶季の声聞けてよかった。なんか、今日一日ずっと瑶季のことばっかり考えてた気がする。
学校の話とか、くだらないことでもいいから、もっと聞きたい」
瑶季の息が、少し止まった気がした。
それから、優しい声で。
「うん。じゃあ、もっと話そう。私も柊くんの声聞けて、思ったより元気そうで安心したよ。
熱、下がるまで毎日話そう?勉強の話じゃなくてもいいから。寂しいときは、すぐ言ってね」
柊は頷くように、スマホを耳に押しつけた。
「…ありがとう。瑶季がいると、なんだか安心する」
通話は、1時間近く続いた。
瑶季が先生の変な癖を真似したり、
吹奏楽部の後輩がフルートを吹きすぎて唇腫らした話とか、
本当にくだらない日常を、ゆっくり話してくれた。
柊はただ、聞き役に徹した。
瑶季の声が、熱で火照った体を優しく冷ましてくれるみたいだった。
切る前、瑶季がぽつりと言った。
「柊くん、早く良くなってね。私、柊くんがいない学校、なんか味気ないよ」
柊は、声に出さずに呟いた。
「俺も…瑶季がいないと、全部味気ない」
通話が終わって、スマホを胸に当てたまま、柊は目を閉じた。
熱っぽい体が、ようやく少し落ち着く。
でも、心の中では、瑶季への想いがどんどん熱くなり膨らんでいく。
数日瑶季の声が聞こえないだけで、会えないだけで息が苦しくなる。
瑶季の日常を、全部知りたくなる。
瑶季がいない未来なんて、想像したくない。
柊の心は、瑶季でいっぱいになっていた。
インフルエンザの熱は、数日で下がり始める。
でも、この想いの熱は、ますます高くなっていく。




