私立受験
2月、私立高校受験の日がやってきた。
2人の所在地では、この時期の私立受験は「滑り止め」として位置づけられるのが普通だ。
多くの受験生が1〜3校の私立を先に受けて合格を確保し、本命の公立校(3月実施)を全力で狙う。
柊と瑶季の第一志望は同じ——市内の公立トップ校。
2人は同じ志望校を共有していることを、互いに知っていた。
試験当日の朝、柊は瑶季に短いLINEを送った。
柊
『今日がんばろう。終わったら報告するね』
瑶季
『うん! 柊くんも絶対大丈夫!!私も全力でいくよ!終わったらすぐ連絡するね!』
試験は無事に終わった。
柊は手応えを感じ、瑶季も「難しかったけど、なんとかできたかも…」と不安と期待が入り混じったメッセージを送ってきた。
結果発表は1週間後。
その間、2人はいつも通り勉強を続けながら、互いに励まし合った。
そして、合格発表の日。
学校から帰宅すると、ポストに封筒が届いていた。
柊は震える手で開封した。
「合格」の文字。
県内でも上位の私立進学校。
第一志望ではないけど、滑り止めとしては最高の結果だった。すぐにスマホを取り出す。
柊
『受かった』
数秒後、瑶季から写真が届いた。
同じ学校の合格通知書。
続いて通話がかかってきた。
「柊くん! おめでとう!! 私も受かったよ!!」
瑶季の声は弾んでいて、興奮で少し上ずっている。
柊も自然に笑みがこぼれた。
「瑶季もおめでとう。…よかった。本当に」
「これで公立受けられるね! もう怖くないよ、2人とも滑り止め取れたんだもん!」
「うん。…これで本気で公立狙える」通話は30分以上続いた。
合格の喜びを何度も噛みしめながら、「次は公立だね」「絶対一緒に合格しようね」と言い合った。
気合が入るはずだった。
でも、柊はその夜、体の異変を感じ始めていた。
喉の痛み、だるさ、微熱。
「ただの疲れだろ…」と思いながら寝た。
翌日、火曜日。
朝起きた瞬間、体が鉛のように重い。
熱を測ると39.8度。
インフルエンザだった。母親に連れられて病院へ行き、診断書をもらい、学校は欠席。
ベッドに横になりながら、ぼんやり天井を見つめる。
公立受験まであと1ヶ月。
このタイミングでダウンするなんて、最悪だ。
夕方、学校が終わった頃にLINEが来た。
瑶季
『柊くん、今日学校来てなかったけど…大丈夫?
なんか急に欠席って聞いて心配になっちゃって…
熱とかある? インフルとかじゃないよね?』
柊はスマホを握って、胸がじんわり温かくなった。
体調不良で学校を休んだとき、クラスメイトから心配のLINEが来るなんて、これまで一度もなかった。
いつも「俺なんか…」で、誰にも頼らず一人で耐えてきた。
でも今は違う。
柊
『インフルだった。
熱38.5度出て、今日病院行ってきた』
瑶季
『えええ!! インフル!? 大丈夫!? つらそう…
お大事にね!! 薬飲んで、ちゃんと寝て!!
何か食べられるものあったら買って持ってくよ? いや、感染るからダメか…でも何かいるものあったら言ってね!』
柊
『ありがとう。
今は寝てるだけで大丈夫。
瑶季は、勉強がんばって』
瑶季
『ううん、私も心配で勉強手につかないよ…早く良くなってね。
公立まであと少しだもん、一緒にがんばろうね』
柊は画面を見つめたまま、涙がにじんだ。
初めての体験だった。
誰かが、自分の体調を本気で心配してくれる。
クラスメイトの、しかも瑶季が。
胸の奥が熱くなって、息が少し苦しくなる。
これは、依存なのか。
それとも、ただの嬉しさなのか。
まだわからない。
でも、このメッセージが、熱でぼんやりした頭を少しだけクリアにしてくれた。
柊
『…ありがとう。
瑶季のメッセージ、嬉しいよ
早く治すから、待ってて』
瑶季
『うん! 待ってる!お大事にね、柊くん♡』
ハートのスタンプがついたメッセージを見て、柊は小さく笑った。
ベッドの中で、熱っぽい体を抱えながら、思う。
(瑶季がいるから、がんばれる)
インフルエンザの熱はまだ下がらない。
でも、心の熱は、少しだけ優しいものに変わっていた。




