依存の始まり
瑶季の涙と、教室で交わしたあの約束から、柊の世界は少しだけ変わった。
自傷は、ぴたりと止まった。
傷跡はまだ薄く残っているけど、カッターに手が伸びることはなくなった。
代わりに、柊は瑶季を「頼る」ことを覚えていった。
これまで「瑶季の邪魔をしたくない」と自分を抑えていた分、溜め込んでいたものが一気に溢れ出すように。
最初は小さな変化だった。
夜の勉強が一段落した頃に、
柊
『今日ちょっと疲れた…話してもいい?』
瑶季
『もちろん! いつでも話しかけてよ。待ってたんだから!』
そんなやり取りが、日常になった。
勉強の話だけじゃなく、
「今日の授業で眠くて死にそうだった」
「バレーの試合、明日深夜にあるよね。一緒に見る?」
「なんか…急に寂しくなった」
そんな素直な言葉を、柊は少しずつ送れるようになった。
瑶季はいつも、すぐに返事をくれる。
時には「私も寂しいよ〜」と返してくれたり、
「じゃあ今から通話する?」と提案してくれたり。
通話が始まったのは、12月の終わり頃だった。
最初は「バレーの試合を実況しながら見よう」みたいな軽いノリ。
でも、試合が終わっても切らずに、そのまま放置する時間が長くなった。
お互い勉強を続けながら、時々、
「今何してる?」
「参考書めくってる音、聞こえる?」
そんな他愛もない会話。
時には、ただ呼吸音だけが聞こえてくるだけの時間。
柊はイヤホンを耳に当てて、瑶季の生活音を聞いていた。
ページをめくる音、ペンを置く音、時々小さく「ん…」と伸びをする音。
それだけで、胸の奥の空洞が、少しずつ埋まっていく気がした。
瑶季は、柊の変化をちゃんと受け止めていた。
「柊くんが話しかけてくれるようになったの、嬉しいよ」
「無理に我慢しなくていいからね。寂しいときは、すぐ言って」
そんな言葉が、柊の心に染み込んでいく。
瑶季が本気で怒って泣いてくれたこと。
自分のために涙を流してくれたこと。
それが、柊にとって初めての「誰かに必要とされている」実感だった。
でも、その感情は「好き」という言葉には収まらない。
重すぎる。
瑶季がいないと不安になる。
瑶季の声が聞こえないと息苦しくなる。
瑶季の存在が、自分の心の支柱のように感じる。
恋というより、依存に近い。
瑶季を失ったら、自分が崩れてしまうかもしれない——そんな恐怖が、底に沈んでいる。
柊は、それをまだ自覚していない。
いや、自覚したくないのかもしれない。
ただ、毎晩のように通話が終わる頃、瑶季が眠そうに
「…おやすみ、柊くん。また明日ね」
と言うのを聞くと、胸が温かくなって、同時に少し痛む。
「うん、おやすみ」
と返す声が、少し震える日もあった。
柊の心の中では、瑶季への想いが静かに、だが確実に膨らんでいく。
恋と呼べる代物じゃない。
ただ、瑶季がいる世界が、柊にとって唯一の「安全地帯」になっていた。




