93. 海の離宮編⑥ 手紙
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「ディアバス。お前、王族教育を抜けて来て、何の用だ?
しかも、ペルラの世話はどうした?」
バサルク王宮の王太子執務室。
オーニチェは、突然海の離宮から来た弟のために、予定を強引にやりくりして時間を捻出したのだった。
オーニチェは忙しい中、週に一、二回は海の離宮に行っていた。その訪問を待てないほどの急用なのだろう。
「兄上。時間を作ってくださって、感謝いたします」
ディアバスは素直に頭を下げた。
心なしか、あまり元気がないようだ。
「あ、ああ……」
「これをご覧ください」
ディアバスは手紙を差し出した。
ペルラの兄ベルデからのディアバス宛の手紙だ。
オーニチェとピレイは手紙をのぞき込んだ。
手紙はディアバスの近況を気遣う優しい言葉で始まっていた。
まさに家族の言葉であった。
「ベルデ様に会ったら、本当に礼を言わなくては」
オーニチェの言葉に、ピレイもうなずいた。
「『ペルラがオーニチェ殿下と残念ながら破談になったが、お前はよくやってくれた。感謝している。気に病むことはない』
……何を言っているのだ?」
オーニチェは手紙を読み上げると、ディアバスとピレイを交互に見た。
「破談にしたのは誰なのだ?」
ピレイは窓の外に視線をずらした。
「そうですね、バサルクの気候でしょうか……」
「……ベルデ様に会ったら真実をお伝えせねばならないな!
まぁよい、次だ。
『気に病むことはない。本日国王陛下よりペルラの次の縁談の打診があった』
……次? 次の縁談? いくら何でも早過ぎないか?
しかも、また国王から?
私との婚約破棄の埋め合わせを、ムーンストーン王家がしてくれるのか?」
オーニチェはピレイを見た。
「ムーンストーン王の強い意向なんでしょうねえ」
「うーむ」
オーニチェは顎に手を当てた。
ふと手紙から視線を上げると、ディアバスが少し青ざめていた。
「おい! ディアバス、大丈夫か?
そこの椅子に早く座れ」
ピレイに支えられ、ディアバスは力なく椅子に座り込んだ。
オーニチェとピレイは顔を見合わせた。
――ディアバスは、自覚がないだけで、やはりペルラのことが好きなのではないか?
「『相手は、ディアも知っているミリス・ヘーゼル様』
……お前は、ベルデ様にもディアと呼ばれているのか?
おい、ディア。ミリス様と知り合いなのか?」
「知り合いというか……面識はあります」
「どんな方なのですか?」
ピレイが尋ねた。
「うーん……貴族です」
「そりゃ、そうだろう」
オーニチェが呆れた。
「ムーンストーン中央貴族なんです」
「……」
「では、ペルラが使っている香水の店を僕に聞いてきた奴です」
「……そういうことじゃなくてだな」
オーニチェが額に手を当てた。
ピレイが手紙の続きを読み上げる。
「ヘーゼル侯爵家の跡継ぎ、代々の騎士家系。
今は王都守備隊に勤めているが、アルマンディン駐留軍に異動予定。
アルマンディン第三港湾駐留副司令官に内定……ほう」
「第三港湾駐留副司令官?
ムーンストーン貴族の武官の出世ルートではないか?
家格もベトーラ家より少し上だ。
うん、理想的ではないか……」
ピレイが机の下でオーニチェの足を軽く蹴った。
「っ……コホン!
いや、うちのディアの方が優秀だ」
ピレイが手紙の続きを読む。
「『妹のルビー様も歓迎しているらしい』」
「ルビーはペルラの友達です」
ディアバスが言った。
「なるほど。ペルラにとって、ミリス様は友達の兄なのか」
「ムーンストーン王家、いい人を見つけてきますねえ」
ピレイは感心しきりである。
オーニチェが机の下でピレイの足を軽く踏んだ。
「っ……コホン!
ペルラ様のお知り合いに悪い方はいないという意味です」
ディアバスは虚ろな目でつぶやいた。
「ミリスがアルマンディン駐留軍を希望したので、ペルラとの縁談はなくなったんです。
ベルデ様が、アルマンディンは危ないと言って。
それで話は終わりになったと思っていたのに。
今になって、今度は国王が勧めてくるとは……」
「バサルクから見れば、第三港湾ならそこまで治安は悪くないですけど。
ムーンストーン中央貴族にしてみれば、アルマンディン大陸の全域が非常に危険という認識なのでしょうね」
バサルクでも時々アルマンディン残党が過激な活動をしていた。
「『ミリス様の着任は2ヶ月後だ。それに合わせてペルラもアルマンディンに向けて出発するようにとのお話であった。
しかし、私としては、ペルラがいったん王都に戻って、半年ほどゆっくりして、心身の調子を整えてから結婚するのがよいと思い、猶予をもらえないか国王陛下にお願いしている』
……2ヶ月後?
あれか?」
オーニチェはピレイを見た。
ピレイはうなずいた。
「第三港湾交代船団ですね」
「交代船団?」
ディアバスは初耳だった。
「アルマンディン大陸はムーンストーンの軍政下ですから。
年に1回、アルマンディンの主要拠点ごとに、大規模な船団がムーンストーンとの間を往復しています。
人員の交代や物資補給ですね。
第三港湾交代船団は、毎年バサルクに寄るのです。
バサルクが航路の途中にあるので。
人の乗り降りはありませんが、燃料や食料の補給ですね」
ピレイが説明しながら、棚から書類を取り出した。
「今年も来ていますよ、ムーンストーン王国から寄港申請が」
ピレイが机に書類を広げて、指さした。
「ああ、書いてありますね。
第三港湾駐留副司令官、ミリス・ヘーゼル。
この船で、ペルラ様を連れて行くつもりでしょう。
船団は年一回ですから、ベルデ様が言う、半年の猶予は難しいでしょうね。
船が来るまで二ヶ月……いや、猶予はムーンストーン出港までのあと一ヶ月と考えた方がいいでしょう」
オーニチェとピレイは書類を見た。
「……あと一ヶ月か」
オーニチェは目を閉じた。
ピレイはディアバスを見た。
「あの……ベルデ様からペルラ様宛ての手紙には何と?」
ディアバスは封筒を取り出した。
「これです」
封をしたままの、ペルラ宛の手紙だった。
「えっ?!
ペルラ様に無断で持って来ちゃったんですか?」
「ディア、お前……」
ディアバスは両手で顔を覆った。
「昼前に届いたんです。ペルラは昼寝をしていて、つい……」
オーニチェとピレイは、ペルラ宛の手紙を見つめた。
「何と書いてあるんでしょうね?」
「爆弾だな」
オーニチェはため息をついた。




