9. 舞踏会編⑨ 池のほとりで
ガレナは隣に立つ男の横顔を見た。
アーバス・セルド。
長身で、整った顔立ちをしている。
大広間に立てば人目を引きそうなものだったが、舞踏会に来る若い貴族としては、服装が非常に地味だった。
ベトーラ家の遠縁だという。
ペルラは、兄のような人だと話していた。
確かに、ペルラと二人きりのときには、兄妹のように気安く話していたようだった。
しかし、ミリスがいる前では、ずいぶん控えめだった。貴族だというが、ベトーラ家の使用人だと言われても納得できそうだった。
よく分からない立場の男だった。
そして、褐色の肌と黒い髪。
ムーンストーンではあまり見かけないが、アルマンディンでは非常に一般的な容姿だった。
もしかして、もともとは自分と同じアルマンディンの出身なのだろうか。
「もう一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
アーバスは穏やかに答えた。
そのとき、ガレナは誰かの視線を感じた。
反射的に庭の奥を振り返る。
銀線の明かりに照らされた生垣と、その向こうへ続く小道。
人影は見えなかった。
「どうしました?」
「誰かがいたように思ったのですが……」
見間違いだったのかもしれない。
「そうですか。王宮ですから、人の出入りはあるでしょう」
アーバスは微笑んだ。
「そうですね」
ガレナはうなずいた。
「それで、何を訊きたかったのですか」
促され、ガレナはアーバスへ視線を戻した。
「アーバス様は、アルマンディンのご出身ですか」
アーバスは少しだけ目を見開いた。
「いいえ。ムーンストーン人ですよ」
「そうでしたか。失礼しました」
やはり、訊かない方がよかったのかもしれない。
ガレナが頭を下げると、アーバスは特に気を悪くした様子もなかった。
「ただ、この見た目ですから、どこかでアルマンディンの血も入っているのかもしれませんね。詳しいことは、僕も知りませんが」
アーバスは空を見上げた。
やがて、近衛の二人組が池の向こうの小道を通っていった。
ガレナはこれまでにも王宮の舞踏会へ何度か出席していたが、庭で休んでいる最中に近衛の巡回を見たのは初めてだった。
もちろん、王宮の庭を近衛が歩いていたところで、何の不思議もないと言われれば、それまでだ。
大広間からは、まだ音楽が聞こえている。
アーバスは結局ムーンストーン人だったが、他のムーンストーン貴族や王都守備隊の人間より、不思議と話しやすかった。
「婚約のことを教えていただき、ありがとうございました」
ガレナは頭を下げた。
「いえ。お役に立てたならよかったです」
アーバスも軽く頭を下げた。
「では、失礼します」
「はい、お話しできてよかったです」
ガレナは大広間へ続く扉へ向かった。
扉を開ける前に、一度だけ振り返る。
アーバスはまだ池のそばにいた。柵に頬杖をついて水面を見ているようだった。




