8. 舞踏会編⑧ 南の庭
ディアバスは、人々の間を縫ってベルデを探した。
ペルラをミリスと二人で北の庭へ送り出したものの、あれで本当に正しかったのか、確認しておきたかった。
ベルデは婚約者と楽しそうに話していた。
ディアバスが近づくと、ベルデはすぐに気づいて歩いてきた。
「おう。ペルラは?」
「ミリス・ヘーゼル様が北の庭へ案内しています」
「そうか。ありがとな」
ベルデは満足そうである。
やはり、ミリスで正しかったらしい。
ベルデは一度、婚約者へ目をやった。
彼女は少し離れたところで、知人らしい女性と話している。
「ディア。お前ひとりになって、つまらないよな。すまない」
「いえ、気にしないでください。いつものことですし。俺は南の庭にでもいます。
兄貴は早く婚約者様のところへ戻ってください」
「悪いな。
毎回言ってるけど、暗がりには行くなよ」
「はい」
「じゃあ、後でな」
ディアバスは、大広間の反対側にある扉から、南の庭へ出た。
夜の冷たい空気が心地よかった。
扉が閉まると、音楽と話し声が急に遠ざかる。
南の庭には、北の庭のタールダダンのような珍しい花はない。
低い生垣に沿って、白い石のタイルを敷いた小道が続いている。タイルを縁取る銀線が柔らかく光り、足元を照らしていた。
恋人が愛を囁くには明るすぎるが、舞踏会の喧騒から逃れたい者が、安全に少し休むにはちょうどよい場所だった。
ディアバスはゆっくり小道を進み、小さな池の近くまで来た。
そこで、先客がいることに気づいた。
先ほどまでペルラの隣に座っていた男だった。
相手もディアバスに気づいたらしい。
男は丁寧に頭を下げた。
「ガレナ・カルセドと申します。王都守備隊に所属しております」
「セルド男爵のアーバスです」
ディアバスも頭を下げた。
ガレナは何か言おうとして口を開き、一度閉じた。
「アーバス様も、少し休みに来られたのですか」
「ええ。中にいても、もう特にすることがありませんので」
「そうでしたか」
ガレナは池の方へ目を向けた。
「私は、少し疲れまして」
「舞踏会に?」
「はい」
それきり黙ってしまったので、ディアバスもそれ以上は聞かなかった。
池の水面に、銀線の光が細く揺れている。
しばらくして、ガレナが再び口を開いた。
「ムーンストーンの舞踏会では、初対面の女性に話しかけることは、あまり歓迎されないのでしょうか。
アルマンディン出身なので、こちらの慣習にまだ疎くて」
「別に、話しかけても大丈夫ですよ。
ただし、ムーンストーン王都にいる中央貴族には、幼い頃から結婚相手が決まっている人が多いので、ダンスに誘うときだけは慎重になさった方がいいでしょう」
「幼い頃から結婚相手が?」
「生まれてすぐに婚約することも、珍しくありません」
ガレナは驚いたようだった。
「初めて知りました。ありがとうございます」
「アルマンディンでは違うのですか」
「はい。舞踏会で知り合った相手について、後から家族へ相談することも珍しくありません」
ムーンストーンの中央貴族は、子どもが自ら相手を選ぶより前に、王都周辺の家同士で婚姻関係を固めてしまう。
王国が勢力を広げ、国外の貴族と接する機会が増えても、その慣習は変わらなかった。中央貴族の婚姻圏は閉じたまま保たれ、血縁を幾重にも重ねた家々は、アデュラリア公爵家を頂点とする強固な結束を誇っていた。
一方、広大な旧アルマンディン大陸王国では、本人の希望を聞ける年齢になってから婚約する家が多かった。異なる地方や出自の貴族が結ばれ、血筋や文化が混じり合う一方で、各地には王都に劣らぬ有力家がいくつも存在した。
「セルド殿にも、幼少時から婚約者がいらっしゃるのですか」
ガレナが微笑んだ。
「あー……」
ディアバスはどう答えるか数秒悩んだ。
「婚約者はいません。
私は中央貴族でもありませんし」
嘘ではない。
「そうでしたか」
ガレナはうなずいた。
会話が途切れた。
大広間では、次の曲が続いていた。




