78. バサルク王宮編(21) 国王
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
夕方、ピレイはバサルク国王の部屋を訪れていた。
今日はオーニチェの代わりだった。
国王と話すのは、一か月ぶりくらいになる。
国王はベッドの上に座り、重ねた枕に背を預けていた。
「久しぶりだな、ピレイ」
「ご無沙汰しております、陛下。お加減はいかがですか」
「今日は悪くないな」
「それは何よりです」
「オーニチェは?」
「本日は手が離せず、私が代わりに参りました」
「そうか。忙しいな」
「はい」
「ちゃんとやってるか?」
「もちろんです」
ピレイは即答した。
国王は少し笑った。
「そうか、あの子も頑張ってるなあ。
足りないところも多いと思うが、ピレイ、すまないが、支えてやってくれ」
「いえ、殿下はご立派に務められていますよ」
「そうか」
国王は頷いた。
「そういえば、ペルラ嬢はどうしている?」
「まだ高熱が続いております」
「まだ?」
「はい」
「何日になる?」
「四、五日です」
「そんなになるのか」
国王は眉を寄せた。
「原因は分かったのか?」
「はっきりとは。襲撃による心労に加え、バサルクの環境が合っていないことも影響しているのではないかと、侍医は申しております」
「そうか……」
国王は少し目を閉じた。
「その前から体調が悪かったんだろう?」
「はい。こちらへ来られてから、あまりお加減がよくありませんでした」
「ムーンストーンの王都から出たのも、初めてだったんじゃないか?」
「おそらく」
「それで、こんな遠くまで来たのか」
「はい」
「襲撃まであって」
「……はい」
王宮を襲撃した者たちは、アルマンディンの残党と見られていた。
残党はいくつもの集団に分かれ、バサルクでは今も時折問題を起こしていた。
「かわいそうに。母国で休ませたらどうか? 家族も心配しているだろう」
「ムーンストーンですか」
「ああ。帰してやったらどうだ?」
「……」
「元気になったら、また来ればいいじゃないか。
本当に悪くなったら、船にも乗せられないぞ」
「……そうですね」
ピレイはそれ以上、何も言わなかった。
「元気になってから結婚式をすればいい」
「はい」
国王は枕元に置かれた水を一口飲んだ。
「まあ、なるようにしかならないな」
「ピレイ、うまいこと頼む」
「はい」
「何にせよ健康が一番だな。お前も体を大切にしろ」
「ありがとうございます」
「では、わしはもう一度休む」
国王はそう言って、枕に深く体を預けた。
「はい。ごゆっくりお休みください」
ピレイは一礼して、国王の部屋を辞した。
◇
王太子執務室へ戻る空中回廊は、もう薄暗くなっていた。
『本当に悪くなったら、船にも乗せられない』
国王の言葉が、ピレイの頭に残っていた。
――もう、乗せられない。
ピレイはうつむいた。
回廊の下には、黒い空間が広がっていた。
幾重にも重なる枝葉の間に、王宮の下層にある部屋の灯りが点々と見える。
その間を、使用人たちの持つ灯火が小さく行き交っていた。
国王の言うことは、もっともだった。
侍医も、ペルラにはこの土地の環境が合っていないのかもしれないと言っていた。
残党に襲われたのも、この王宮だ。
ここ数日、どうすれば王宮で回復してもらえるか、そればかり考えていた。
何か月も前からムーンストーンと話を詰め、ペルラを迎える準備をしてきた。
オーニチェとの婚約を無事に成立させ、その先へ進むことばかり考えてきた。
しかし、母国へ帰した方がいいのではないか。
ピレイは足を止めた。
顔を上げる。
頭上には、巨木の枝と葉が幾重にも重なっていた。
夜の枝葉は黒く、空を覆っている。
わずかな隙間にも星は見えなかった。
健康だけを考えるなら、ムーンストーンへ帰した方がいい。
国王は忘れているのだろう。
婚約式を終えた王太子の婚約者は、結婚まで奥宮で暮らす決まりになっている。
婚約期間中に王宮を出ることは、婚約を解消することを意味した。
ペルラが王宮を出れば、婚約は終わる。




