75. バサルク王宮編(18) 回廊
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「ペルラ、大丈夫か?」
ディアバスは振り返って、ペルラを見た。
ペルラは座り込んでいた。
戦闘中は気づかなかったが、血が付いている。
「大丈夫……」
ペルラは小さな声で言って、力なく微笑んだ。
「血が出てるじゃないか」
ディアバスはかがんで、ペルラの前と後ろを確認した。
前側にしか付いていない。しかも血は固まっていた。
「近衛の人が斬られた時の血なの。私のじゃないの。
私をかばって、斬られて、落ちていった……」
ペルラは涙が止まらないようだった。
ディアバスはペルラを抱きしめた。
細い体が、熱く、そして震えていた。
「大丈夫、大丈夫だ。落ち着け、ペルラ。
近衛は生きてる。バサルクの近衛だ。簡単には死なない。
お前を守るのが仕事だったんだ」
「侍女の人もいないの。誰もいないの」
「大丈夫。
殺されてたら、遺体も血もあるはずだ。
落とされたんだろう。きっと生きている」
「……生きてるかな?」
「ああ、みんな生きてる」
ディアバスはペルラを強く抱きしめた。
「……ディア、苦しいよ」
ペルラが少し笑った。
「あ、ごめん」
ディアバスは、ペルラを離した。
「……あのさ。ペルラ、痩せた?」
違和感を聞かずにはいられなかった。
ペルラの笑顔が固まった。口を開けるが、言葉が出てこない。
ペルラがどう答えるか困っているのが、ディアバスには手を取るように分かった。
カサカサの髪、頬に落ちる影、細い腕と体。
ムーンストーンでディアバスが結っていた、柔らかで艶やかな髪とは違った。
いつもドレスのボタンが留まる留まらないで大騒ぎしていた。
そのとき、声がした。
「ペルラ」
オーニチェだった。
行事を中座して、駆けつけたのだった。息が上がっていた。
「オーニチェ様」
「血が」
「大丈夫です。私の血ではないのです。
近衛の方と、ディアバス殿下が守ってくれました」
「そうか。ペルラが無事で良かった」
オーニチェはペルラを抱きしめて、目を閉じた。
ペルラの止まっていた涙が、また少しずつ静かに流れ始めた。
「オーニチェ様……」
「怖い思いをさせたな。すまない」
オーニチェはペルラを抱きしめたまま、ディアバスを真っ直ぐ見た。
一瞬、妙な居心地の悪さを覚えた。
ペルラの体調については、ディアバスに話してこなかった。
ディアバスは、気づいただろう。
「ディアバス、ペルラを守ってくれて感謝する。
お前は怪我はないのか?」
「はい。ありません」
「そうか、良かった」
オーニチェはディアバスに微笑むと、ペルラに視線を戻した。
「ペルラ、立てるか?」
立てるわけない、とディアバスは内心思ったが、黙っていた。
「ちょっと……力が入りません、すみません」
「謝らなくていい」
オーニチェはペルラを抱き上げた。
「ペルラ、とりあえず部屋に戻れ。
ディアバス、お前は広間に行ってくれるか。客がそのままだ。挨拶して帰してくれ。
話はその後だ。
ピレイ、ディアバスの案内を頼む」
「はい」
奥宮へ消えていくオーニチェを、ディアバスは頭を下げたまま見送った。




