74. バサルク王宮編(17) 灯火
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
バサルク王宮は、巨大な樹々を取り込むように造られていた。
上にも下にも、建物と樹を結ぶ通路が幾重にも張り巡らされている。
今夜は公式行事がある。
ディアバスは居室を出て、広間に向かった。
大広間へ続く回廊にも、巨大な樹の間を渡る吊り橋にも、いつもより多くの灯火が連なっていた。
傍らの近衛が、突然ディアバスの前に出て止まった。
ディアバスも止まる。
吊り橋の向こうに、人影があった。
一人。その後ろから、もう一人。
近衛が剣に手をかけた。
「殿下、お下がりください」
そのとき、背後でも足音がした。
ディアバスが振り返ると、相手は剣を抜いた。
近衛が応戦するが、一人を止めれば、もう一人が動く。さらに横から一人。
近衛はディアバスの前から離れられない。
敵の一人が低く踏み込んだ。
近衛が避ける。
そこへ、別の男が肩からぶつかった。
「……っ」
近衛の身体が手すりを越えた。片手が綱を掴む。
ディアバスが手を伸ばした。
「待て!」
敵が近衛の腕を蹴った。
近衛の手が綱から外れる。近衛の姿が下層へ消えた。
「あっ!」
覗き込む暇はなかった。
――もう自分しかいない。
刃が来る。
ディアバスは短剣を抜いた。
受ける。腕に衝撃が走った。
――近い。
相手の顔が近い。
押し返したところへ、別の男が入ってくる。
一人を避ければ、そこへ別の刃が来た。
切っ先が服を掠める。まずい。
――これでは保たない。
そう思った瞬間、目の前の剣が横へ弾かれた。
自分の前に、ヴィレンスがいた。
ヴィレンスは間髪入れず長剣を返した。
一人を退かせる。もう一人の剣を受けて流す。
ディアバスも短剣を構え直したが、近い。
――短剣では間合いが苦しい。
一歩引いたところへ、別の敵が入ろうとする。
ヴィレンスの剣が割り込んだ。
鋭い金属音が響く。
一瞬、ヴィレンスの視線が止まった。
吊り橋の向こう。さらにその先。奥宮に続く回廊。
ディアバスも視線を追った。
息が止まる。
ペルラがいた。だが、近衛の姿がない。
その近くに数人いる。王宮の者ではない。
ヴィレンスが目の前の敵を押し退けた。次の刃を弾く。
そして、振り向いた。
「ディアバス!」
長剣の柄を、ディアバスの胸元へ押しつけた。
ディアバスは咄嗟に受け取る。
「お前は?」
「行け」
その横顔の、今まで見たことがないほど冷たい瞳に、迷いはなかった。
ディアバスは、それ以上聞かなかった。
「借りる」
ディアバスは走った。
◇
ヴィレンスはディアバスが離れていくのを確認した。
前を見る。
男たちもヴィレンスを見ていた。
長剣をディアバスに渡して、ヴィレンスの手に武器がないことに気づいたらしい。
一人が笑った。
ヴィレンスは傍らの灯りへ手を伸ばした。
ふっと、一つ消える。もう一つ。さらに一つ。
吊り橋の半分が闇へ沈んだ。
男たちが動きを止める。
「何をして……」
床を覆っていた織物が跳ね上がった。
大きな布が男たちの視界を塞ぐ。
「くそっ!」
一人が払いのけようとする。
その足元を何かが走った。
男たちが体勢を崩し、吊り橋が大きく揺れる。
その間を、人影が抜けた。
男が剣を振るが、空を切る。
「どこだ!」
頭上で、吊り橋を支える太い綱が軋んだ。
男が顔を上げる。
一瞬だけ、橋の外側にいるヴィレンスの姿が見えた。
片手で綱を掴んで身体を振り、手すりに足をつける。そのまま蹴った。
身体が宙を横切った。
男が反射的に剣を上げる。
遅い。
ヴィレンスの足が腕に当たり、剣が逸れる。男が体勢を崩した。
手すりへ伸ばした手を、ヴィレンスが払う。
男が落ちた。
ヴィレンス自身も橋の外へ消えた。
別の男が駆け寄って下を見る。
いない。
「どこへ……」
背後で布が動いた。
男が振り返ると、何かが足首へ絡んだ。
男の身体が大きく振れて、下層へ落ちていく。
ヴィレンスは手すりを軽く蹴り、橋の上へ戻った。
着地した時には、もう次の男を見ている。
「……っ」
残った男が後ずさる。
灯りはない。どこから来るのか分からない。
男は剣を構えた。
だが、その時にはヴィレンスの姿はまた視界から消えていた。
◇
ディアバスは奥宮側の回廊へ飛び込んだ。
「ペルラ!」
ペルラが振り向く。
「ディア……?」
その向こうで人影が動いた。
ディアバスはすぐにペルラの前へ出た。
長剣を構える。
「そこから動くな」
敵が踏み込んできた。
剣を受ける。重い。腕まで響く。
――だが、長剣ならやれる。
ディアバスは踏み込み、剣を押し返した。
相手が一歩下がり、後ろの男とぶつかる。
そこへ、もう一人が来る。
剣を返す。
後ろにはペルラがいる。下がるつもりはない。
ディアバスは足を踏ん張り、力を込めて相手を押し戻した。
狭い回廊では、何人いても一度に前へ出られる人数は限られている。
一人。
次。
また一人。
――ここを絶対に通さない。
横から剣先が来た。
身体を捻ると、服が裂けた。
ディアバスはそのまま剣を返した。
敵が下がる。
後ろで、ペルラが息を呑むのが聞こえた。
大丈夫だ。
そう言いたかった。
だが、言っている余裕はない。
次が来る。
刃がぶつかり、足が滑った。
一歩だけ下がったところへ、敵が詰める。
ディアバスが剣を横へ払うと、相手がよろめいた。
さらに踏み込むと、男が逃げるように身を引く。
そのとき、遠くで声がした。
「こちらだ!」
剣の音と怒号が近づいてくる。
応援に来た近衛たちが、近くの回廊で戦っているようだ。
「退くぞ」
一人が言うと、男たちは回廊の向こうへ姿を消した。
ディアバスはようやく長剣を下ろす。
「ペルラ、大丈夫か?」
振り返ると、ペルラは座り込んでいた。
◇
その頃、大広間では、行事が続いていた。
人混みをかき分けて、アルモンドの横にヴィレンスが来た。
「遅かったね」
「うん、ごめん」
アルモンドはヴィレンスを見る。
ふと、腰に目が止まる。あるはずの剣がない。
「剣は?」
「なくした」
ヴィレンスはアルモンドに微笑んだ。




