73. バサルク王宮編(16) フュージョン
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
バサルクへ来てから、ペルラは食事を残すことが増えていた。
ムーンストーンでは、香辛料をそれほど多く使わない。
一方、バサルクでは、さまざまな香辛料をふんだんに使う。
ペルラはバサルクの料理が好きだった。
香辛料の効いた肉も魚もおいしい。
初めて食べる料理も多く、食事の時間は楽しみだった。
けれど、なぜかあまり量を食べられない。
「もうよろしいのですか?」
侍女に尋ねられ、ペルラは皿を見た。
まだかなり残っている。
「はい。とてもおいしかったのですけど……もう、お腹がいっぱいで」
「では、お下げいたしますね」
「お願いします」
最近は、こんなことが多かった。
それに、朝になっても疲れが取れない日が増えていた。
王族教育も、頑張ろうという気持ちはあるのだが、ついぼんやりしてしまう。
◇
午後には侍医がやって来た。
脈を取り、いくつか質問をしたあと、侍医は言った。
「今のところ、大きな異常はなさそうです」
「そうですか」
「慣れない環境でお疲れなのかもしれません。少し生活を調整してみましょう」
侍医は室内を見回し、香炉に目を留めた。
「まず、香煙を少し薄くしましょう」
侍女が意外そうに顔を上げた。
「薄く、ですか?」
「ええ」
「このくらいは普通かと思っておりました」
「王宮では普通です。ただ、ペルラ様には少し強いのかもしれません」
「そうなのですか。いい香りでしたけど」
ペルラは侍女に微笑んだ。
「香炉はそのままで構いません。香木を少し減らしましょう」
「承知いたしました」
「それから、お食事も少し変えてみてはいかがでしょう」
「食事ですか?」
「ムーンストーンでは、こちらほど香辛料を使わないのでしょう?」
「はい」
「しばらく、ムーンストーン風のものを用意してもらいましょう」
ペルラは少し驚いた。
「そこまでしていただかなくても……」
「食べる量が減っていますからね。試してみましょう」
そう言われれば、断る理由もなかった。
◇
翌日の昼食を見て、ペルラは内心驚いた。
――見覚えがある……ような気がする、何か別の物だわ。
「ムーンストーンのお料理を参考にしたそうです」
侍女が言った。
ペルラはもう一度、謎料理の皿を眺めた。
笑っては申し訳ない。
きっと厨房の人たちが、自分のために一生懸命考えてくれたのだ。
「いただきます」
魚を一口食べた。
「…………」
あまり、おいしくなかった。
香辛料を控えようとしたせいか、全体の味が妙にぼんやりしている。
魚の生臭さが時折顔を出す。
普段のバサルク料理はあんなにおいしいのに。
「いかがですか?」
「……ずいぶん工夫してくださったのですね」
「はい。料理長が、ムーンストーンのお料理についていろいろ調べたそうです」
「そうなのですね……」
ペルラはもう一口、魚を食べた。
◇
ムーンストーン風の謎料理は、その後も何度か食卓に並んだ。
数日後、侍女がおそるおそる尋ねた。
「ペルラ様。お食事は……いかがでしょうか」
「皆様がいろいろ考えてくださって、本当にうれしいです」
それは本心だった。
ペルラは少し考えた。
「でも、いつも通りで大丈夫ですよ。バサルクのお料理、おいしいですよ」
「本当ですか?」
「はい」
侍女の顔がぱっと明るくなった。
「では、料理長にもそう伝えてまいります」
「お願いします」
翌日から、食卓は元のバサルク料理に戻った。
◇
「休み休みでいいんですよ。ペルラは頑張り過ぎです」
オーニチェは笑った。
「でも、まだ知らないことがたくさんあって」
「時間はいくらでもあります。大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
オーニチェはいつも優しかった。
王宮へ来てから、まだ日は浅い。
それでも、オーニチェがどれほど忙しいのかは、ペルラも知っていた。
父王の体調が優れないこともあり、朝からいくつもの報告を受け、人と会い、政務をこなしている。
王宮の中で顔を見かけても、たいてい誰かがそばにいた。
そんなオーニチェが、自分にはいつも、焦らなくていい、無理をしなくていいと言ってくれる。
「そうだ」
オーニチェは、従者から果物の籠を受け取ると、ペルラの前に置いた。
「今日はこれを持ってきました」
ペルラの顔が明るくなった。
「ありがとうございます。うれしいです」
ペルラは、一つ取って口に運ぶ。
「おいしい」
ペルラはもう一つ取ろうとして、ふと顔を上げた。
オーニチェはにこにことペルラを見ていた。
「オーニチェ様もどうぞ」
「そうだな」
オーニチェも果物に手を伸ばした。




