72. バサルク王宮編(15) 海上油田
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「おはようございます、ペルラ」
ペルラが朝の支度を終えると、オーニチェがペルラの部屋に入ってきた。
「おはようございます、オーニチェ様」
「今日は海上油田ですね」
「はい。楽しみです」
「王家にとっても、バサルクにとっても重要な場所です。ぜひよく見てきてください。
風が強いので、気をつけてくださいね」
二人で玄関広間まで歩く。
木漏れ日の回廊に、灯火が続いている。
香煙が満ちていた。今日は、青い木々を思わせる、澄んだ香りだった。ペルラは深呼吸した。
玄関広間まで降りると、視察に同行する者たちがすでに集まっており、その中にピレイとディアバスがいた。
ディアバスと目が合い、遠くから軽く会釈する。
ディアバスはバサルク貴族の令嬢方と話していた。
ピレイが近づいてきて、オーニチェとペルラに頭を下げた。
「ピレイ、ペルラを頼む。くれぐれも安全に」
「承知いたしました」
オーニチェは予定があり、今日の視察には同行しない。
オーニチェに別れを告げたあと、ピレイに案内され、玄関広間を進む。
その先に、ディアバスがいた。
「ペルラ様、お久しぶりです」
ディアバスは頭を下げた。
「ディアバス殿下、お久しぶりです」
ペルラも頭を下げた。
ディアバスを殿下と呼ぶのが、まだ不思議な感じがした。
ピレイの視線に促され、ペルラは出口に向かった。
◇
王宮を出た一行は、港へ向かい、船に乗り換えた。
船が沖へ進むと、波間に小さな影が見えてきた。
近づくにつれて輪郭がはっきりし、巨大な海上油田が姿を現した。
海面から塔のように太い支柱が幾本も立ち上がり、その間を梁や筋交いが斜めに走っている。
直線が規則正しく交差する白銀の骨組みの上に、いくつもの足場や建物が重なっていた。
その間を、無数の銀色や透明な配管が縦横に走っている。
透明な管の中を、紫や赤、青の液体が流れていた。
上層では、階段と通路が何層にも重なり、互いを横切っている。
資材を積んだ大きな金属製の荷台が吊り上げられ、滑車が轟音を響かせている。
施設の一角には、同じ形をした巨大な銀色の貯蔵タンクが、幾列も並んでいた。
◇
船は施設の下部に設けられた船着き場へ着いた。
「ここから上の見学区画まで、昇降機を使います」
ピレイが示した先に、人が二人乗れる小さな昇降機があった。
視察の一行は、二人ずつ順番に昇降機へ乗っていった。
やがて、ディアバスと三人の令嬢が残った。
令嬢の一人が笑顔で口を開いた。
「では、私が殿下と……」
「あら。私も殿下とご一緒しようかと思っておりました」
「それでしたら、私も……」
三人ともにこやかだったが、なかなか話し合いがまとまらないようである。
ペルラはピレイと最後に乗るので、待っていた。
「ふふ、ディアバス殿下は人気ですね」
ペルラは小さく笑った。
「そうですね」
ピレイが答えた。
「ディアバス殿下は体が大きいから、一緒に乗ったら狭いのに」
ピレイはペルラを見た。
◇
昇降機は、白い支柱に沿って上がっていった。
昇るにつれて、先ほどまで乗っていた船がみるみる小さくなっていく。
海から吹きつける風が強くなり、目を開けているのがつらい。
眼下を数羽の海鳥が飛んでいた。
青い海。その奥に、バサルクの森が濃い緑の帯になって伸びていた。
◇
入り口脇の壁には、アデュラリア公爵家とコンミフォラ侯爵家の紋章が大きく刻まれていた。
バサルク王家の施設に、ムーンストーン貴族の紋章が掲げられていることをペルラは不思議に思った。
ピレイに聞くと、この海上油田にはアデュラリア家の資金とコンミフォラ家の技術が投入されているとのことだった。
中へ入る。
白い石造りの壁。柱や壁の縁には、細い銀線が複雑な曲線を描いている。
ここだけムーンストーンのようだった。
まっすぐな通路を抜け、階段を上がる。
角を曲がり、低く渡された配管の下をくぐると、その先にも細い通路が続いていた。
周囲には、銀色や透明な管がびっしりと張り巡らされていた。
人が歩ける空間だけを残して、頭上には何段もの配管が重なり、通路の両脇にも太さの異なる管が隙間なく並んでいる。
太い管から何本もの細い管が分かれ、それぞれが上へ、下へ、壁の向こうへと伸びていく。
階段を上がっても、角を曲がっても、同じような白銀の通路と配管が続いていた。
◇
大きな扉が開く。
突然、巨大な空間が現れた。
天井ははるかに高く、太い柱が等間隔に並び、奥まで続いていた。
その間を、これまで見てきたものとは桁違いに太い透明な管が通っていた。
その中を、黒に近い紫色の原油が流れている。
大量の液体が渦巻き、泡立ちながら、管の中を勢いよく進んでいた。
低く重い音が、広い空間全体に響いている。
管には巨大な銀色の円筒がいくつも連なり、その間を大小の管が複雑につないでいた。
その先から、二本の透明な管が伸びている。
一方には、深い赤。
もう一方には、鮮やかな青。
白と銀に覆われた大空間を、紫、赤、青の色彩が幾筋も貫いていた。




