71. バサルク王宮編(14) 卒業
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ディアバスがピレイの屋敷へ通い始めて、二週間ほどが経った。
樹上移動の訓練は順調だった。
やはり適切な難易度というものが重要なようだ。
ディアバスは網の上を渡り、次の足場へ移った。
着地と同時に足場が揺れる。
最初のころなら、ここで体を固くして動けなくなっていた。
今は膝を曲げ、揺れに合わせて体勢を整える。そのまま次の縄へ手を伸ばした。
「はい。いいでしょう」
下から武術教師の声がした。
ディアバスは最後の網を渡りきり、地面へ降りた。
「これなら、明日からは王宮の訓練場で大丈夫でしょう」
「はい。ありがとうございました」
ようやく、ここを卒業できる。
「もう来ないの?」
いつの間にか、三人の子供たちが集まっていた。
「うん。今日が最後かな」
「どうして?」
「少し上手くなったから。
あとは大人用の所で練習していいんだって」
「すごい!」
七歳の子供が言った。
二週間前には、四歳の子供にもできると言われていた場所で、ようやく褒められた。
「みんなも、練習場を貸してくれてありがとう」
「いいよ!」
「また来てもいいよ!」
「ありがとう」
ディアバスは少し考えて、ピレイを振り返った。
「ピレイ様、長剣はありますか?」
「ありますよ」
バサルクでは短剣が主流だが、貴族は教養として長剣も習う。
ピレイの屋敷にも、練習用のものが置いてあった。
「お借りしてもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
長剣があってよかった。
ムーンストーン流の長剣の剣舞なら、バサルクでは目新しいかもしれない。
ディアバスは三人の子供たちに向き直った。
「じゃあ、お兄さんからのプレゼント!」
「なに?」
「剣舞、見たい人〜?」
三人は顔を見合わせた。
「はーい!」
「けんぶ? 何それ?」
「見たことない!」
はしゃぐ三人を見て、ディアバスは笑った。
「じゃあ、見せてあげる」
◇
使用人が長剣を持ってきた。
ディアバスは受け取ると、何度か軽く振って重さを確かめた。
三人の子供たちは、少し離れたところに並んだ。
ディアバスは長剣を構えた。
踏み込み、一気に振り抜く。
風を切る音がした。
さっきまで騒いでいた三人が静かになった。
剣を返し、足を踏み替える。
大きく弧を描いた刃が、陽の光を受けてきらりと光った。
体を回しながら剣を振り上げ、その勢いのまま次の型へつなげる。
王立学校で習い、何度も繰り返した剣舞だった。
長剣なら、どう動けばいいのか体が知っていた。
最後に大きく剣を振り、ぴたりと止める。
一瞬の静寂のあと、三人が一斉に声を上げた。
「すごい!」
「かっこいい!」
「もう一回!」
「いいよ」
ディアバスは笑って、もう一度剣を構えた。
二度目が終わると、三人はまた声を上げた。
「もう一回!」
「はいはい」
三度目の剣舞を終え、ディアバスは剣を下ろした。
「もう一回!」
「お兄さーん!」
「ごめん。筋肉痛がひどくて……お兄さん、もう無理」
「もう一回ー!」
「こらこら、お前たち。そのくらいにしなさい」
ピレイが笑いながら子供たちを止めた。
武術教師も拍手を送っていた。
「お見事でした、殿下」
「ありがとうございます」
ディアバスはピレイに長剣を返した。
「二週間、本当にありがとうございました」
「いえ。お役に立てたなら何よりです」
「お兄さん、また来てね!」
「ああ。またな」
三人に見送られ、ディアバスはピレイの屋敷を後にした。
◇
その日の夜。
仕事を終えて帰宅したピレイが居間へ入ると、三人の子供たちが、それぞれぬいぐるみを手にしていた。
「何をしているんです?」
「剣舞!」
七歳の子供が答えた。
昼間にディアバスが見せた動きを真似しているらしい。
五歳の子供がぬいぐるみを大きく振り上げ、くるりと回った。
「見て!」
「上手ですね」
四歳の子供も負けじとぬいぐるみを振り上げる。
ピレイは少し笑って、三人の横を通り過ぎようとした。
「お父様!」
「はい?」
「お父様もやって!」
「剣舞を?」
「うん!」
「お父様はできないよ」
「なんで?」
三人が不思議そうにピレイを見た。
「長剣は少ししか習ってないからね。ああいうのは、騎士みたいに長剣をちゃんと習った人がやるものですよ」
「でも、お兄さんも騎士じゃなかったよ」
「王子様だもん」
「……それには、ふかーい事情があるんですよ」
子供たちは顔を見合わせた。
「ふか?」
「じじょう?」
「お父様、どういうこと?」
「お父様ー!」
ピレイは今日も朝から働き通しだった。
「今日はもう許して……」
子供たちに背を向けると、よろよろと自室へ消えていった。




