70. 【閑話】本
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
その日の昼、アルモンドは奥宮にいるペルラのもとを訪ねていた。
バサルク滞在中、アルモンドはムーンストーン国王の使者として、時折こうしてペルラを訪ねている。
護衛のヴィレンスも一緒だった。
しばらく話をしたあと、アルモンドとヴィレンスはペルラの部屋を辞した。
二人で奥宮の回廊を歩いている途中、アルモンドがふと思い出したように言った。
「そうだ、ちょっと頼みがあるんだけど」
ヴィレンスはアルモンドをチラッと見た。
「図書室で、本を二、三冊選んで借りてきてくれない?」
「……」
「行くとたくさん話しかけられて、全然ゆっくり選べないんだよ」
アルモンドは何度か王宮の図書室へ足を運んでいたが、ムーンストーン国王の使者であり、またムーンストーン王国サイデライト宰相の息子という立場もあり、居合わせた貴族たちから次々と声をかけられた。
話しかけられれば、無視するわけにもいかない。
「ちなみに、僕は推理小説が好き。
まあ、他のでも全然いいから。
お願いできないかな?」
ヴィレンスは頷いた。
◇
その日の夕方。
アルモンドは机に向かい、報告書を書いていた。
バサルク滞在中に得た情報は、定期的にムーンストーンへ送っている。
向かいにはヴィレンスがいた。
「次は、ディアバスの近況、と。
最近は何やってるんですか?」
「王族教育とお見合いと武術鍛錬は、変わらず。
あとは今日から、ピレイ様の家で樹上移動の練習を始めた」
アルモンドはペンを走らせた。
「どうでした? 子供用の練習場でしたよね」
「苦戦してた。一回落ちてた」
アルモンドの手が止まった。
「落ちた?」
「だから、戻した」
「……戻した?」
アルモンドは顔を上げた。
「うん。結構高かったし、抱え上げて戻した。
でも、誰にも見られなかったから大丈夫」
「……」
アルモンドはしばらくヴィレンスを見ていたが、再び報告書に目を戻した。
そのまま、いくつかの報告事項を確認していく。
やがて一区切りついたところで、アルモンドはふと思い出した。
「そういえば、頼んでいた本は……?」
「あ」
「もしや忘れ……?」
「ちょっと待て」
ヴィレンスは立ち上がると、部屋を出ていった。
◇
ヴィレンスは、その足でディアバスの部屋に向かった。
「読んでない本、ちょっと貸して」
「え? いいけど。お前が本? 珍しいな」
「……」
ディアバスの部屋には、王族教育のために用意された本が増え続けていた。
歴史、法律、外交、財政、軍事。
備え付けの本棚には収まりきらず、残りは床に積まれている。
「どんな本がいいんだ?」
ヴィレンスは床に積まれた本に視線を落とした。
「とにかくお前が使ってない本。上から三冊」
「上から三冊?」
ディアバスはヴィレンスを見た。
「まあ、いいけど」
ディアバスは上から三冊を取った。
「ほら、持ってけ」
ヴィレンスはそれを受け取った。
「ありがとう」
「おう」
ヴィレンスはすぐに部屋を出ていった。
ディアバスは閉まった扉を見つめた。
「……いきなりどうしたんだ、あいつは」
◇
ヴィレンスが戻ったとき、アルモンドは再び報告書に集中していた。
ヴィレンスは持ってきた三冊を、部屋の隅の小卓に置いた。
「本、ここに置くぞ」
「ああ、ありがとう」
アルモンドは書類から目を上げなかった。
「返す時言って。俺が返すから」
「え? いいの?」
アルモンドが顔を上げた。
「ありがとう。ヴィレンスは親切だな」
「……」
◇
アルモンドが報告書を書き終えたころには、すっかり夜になっていた。
「……ようやく終わった」
アルモンドはペンを置き、大きく伸びをした。
そこで、小卓に置かれた三冊の本が目に入った。
「ああ、そうだった」
せっかく借りてきてもらったのだ。
少しくらい読んでから休もう。
アルモンドは三冊を机まで持ってくると、一番上の本を手に取った。
『王権と統治機構――地方行政および徴税制度に関する基礎論』
――思っていたより、だいぶ堅い。
もちろん、知らないよりは知っていた方がいい。
ただ、今読みたかったかと聞かれると、話は別だ。
アルモンドは二冊目を手に取った。
『近代バサルク王国における財政制度と王室領経営』
――これも堅い。
アルモンドは最後の一冊に手を伸ばした。
『諸外国との条約締結および外交儀礼に関する実務概論』
――見覚えがあるぞ。
アルモンドは表紙をじっと見た。
間違いない。
サイデライト家の書斎にある。
「これ、うちにあるやつだし……」




