66. バサルク王宮編⑩ 短剣
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ディアバスの短剣の木剣が、床に落ちた。
「ああ」
ディアバスの声が漏れた。
今日もヴィレンスと剣の練習だ。
◇
ディアバスは短剣戦に不慣れだった。
彼がバサルクを離れたのは三歳の頃であり、ムーンストーン式の長剣訓練で育っている。
先日バサルクへ帰国してから短剣訓練を始め、最近は短剣ばかりやっているが、至近距離で細かく捌く短剣術はなかなか身体に馴染まなかった。
しかし本来、短剣はバサルクで極めて重要な道具である。
樹上国家では、短剣は蔓切りや網補修だけでなく、転落時の落下停止や、吊り橋切断にも使われる。
吊り橋は老朽化時には切り離され、戦闘時には侵入経路ごと落とされた。
そのため、バサルクの男性は皆短剣を持ち歩き、その扱いにも習熟していた。
バサルクの王子でありながら、短剣戦が苦手では格好がつかない。
ヴィレンスが笑った。
「お前、俺よりムーンストーン人だな」
「……反応に困ること言うな」
ディアバスも笑うしかなかった。
ヴィレンスは長剣だけではなく、短剣も非常に上手であった。
「ヴィレンスの専門は? 実は短剣なのか?」
「専門なんてない」
「ない?」
「ある物を使うだけだ。
例えば、鍋とおたまでもいい」
「……鍋とおたまでもいい、って、それで大丈夫なのはお前だけじゃないか?」
強いヤツの言うことは時々おかしい。
さすが大ムーンストーン王国の王太子専属護衛である。
「いや、お前もできる」
「……鍋?」
「違う。
最近、長剣やってないだろ」
ヴィレンスは、片手に短剣、片手に長剣を持つと、ニッコリ笑った。
「やれ、両方とも」




