60. バサルク王宮編⑤ 星
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「ペルラ、ゆっくり。手をこちらに」
オーニチェが手を差し出した。
ペルラはその手を取り、ゆっくりと小船に乗り移った。
「きゃっ」
慎重に乗ったつもりだったが、船が揺れた。
「大丈夫ですよ。ゆっくり座ってください」
オーニチェに支えられ、ペルラは座った。
二人が座ると、船頭が船を出した。
先程、日が沈んだばかりだった。
空にはまだ紫色の薄明かりが残っていたが、熱帯雨林の中はもう暗い。
王宮の水路の水は、鏡のように穏やかだった。
頭上には、少しずつ星が増えていた。
「きれい……」
建物そのものが青白く光るムーンストーン王都では、なかなか見ることのできない暗さだった。
船が森の奥へ進むにつれて、空に残っていた紫色も消えていった。
星の瞬きが、水面に映っていた。
近くの木々から、ガサガサと音がした。
ペルラはびくっとした。
オーニチェがペルラを抱き寄せた。
「大丈夫ですよ。夜行性の生き物でしょう。この辺りに危ない獣はいません。近衛が毎日見回りをしていますので、安心してください」
「あ、ありがとうございます」
夜風は冷たかったが、オーニチェは温かかった。
オーニチェがペルラの手に触れた。
「寒かったですか? 気づかず、すみません」
「いえ、少し涼しいくらいでしたので、大丈夫ですわ」
「これを。風邪をひいたら大変です」
オーニチェは上着を脱ぐと、ペルラの肩にかけた。
「でも、オーニチェ様が寒いですわ」
「私は慣れているから大丈夫ですよ」
「そうですか? ありがとうございます」
やがて、船が静かに止まった。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「ここに、ペルラに見せたいものがあるのです」
オーニチェの声はうれしそうだった。
ペルラもうれしくなった。
「まぁ! 何でしょう?」
オーニチェは岸から水面へ伸びている枝を一本折り、ペルラに渡した。
「この枝で、水面を叩いてみてください」
「……こうですか?」
ペルラが枝で水面を叩いた。
その瞬間、水中に無数の小さな青白い光が現れた。
船の周りだけ、水路そのものが光っているようだった。
「わあ!」
ペルラは息を飲んだ。
「すごい……」
しばらくすると光は消え、水路に闇が戻った。
「もう一度、叩いてみてください」
オーニチェが言った。
ペルラが水面を叩く。
また、無数の青白い光が現れた。
「きれい……不思議ですわ」
「水が揺れると光る生き物が、この季節はここにいるのです」
ペルラとオーニチェは、交互に何度か水面を叩いた。
そのたびに、暗い水路が青白く光った。
◇
ディアバスは最近、短剣の練習を始めた。
バサルクにおいて短剣は重要であった。
ヴィレンスは、ディアバスが第二王子としてバサルクに馴染めるよう、必要なら手を貸すようムーンストーン王から命じられていた。
短剣の稽古も、その一つだった。
ディアバスが壁際まで追い詰められたとき、ふと窓の外に人影が見えた。
ずっと下の方に、オーニチェとペルラらしき二人がいた。
水路の船から降りてきたところらしい。
暗いうえに距離があり、顔までは見えない。
それでも、周囲にいる近衛の人数からして、間違いないだろう。
――こんな夜に、どこへ出かけていたんだ?
その瞬間、ディアバスの短剣が弾き飛ばされた。
「あ……」
ヴィレンスの木製の短剣が、ディアバスの喉元に突きつけられていた。
またディアバスの負けである。
ヴィレンスはにっこり笑うと、パタンと窓を閉めた。




