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58. バサルク王宮編③ 使者

※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。

アルモンドは椅子の背にもたれ、長く息を吐いた。


バサルク王宮に到着してから、ようやく少しまとまった時間ができた。


昨日は到着早々、ペルラとオーニチェ王太子の婚約式。

それに続いて、ディアバス第二王子の帰国を祝う宴。

今日は朝から、ムーンストーン国王の使者として王宮内を行ったり来たりしていた。


窓の外では、見慣れない熱帯雨林の木々が風に揺れていた。


暑く湿った空気がまとわりつき、髪や服まで体に張り付く気がした。


アルモンドはムーンストーンの正装の襟元を緩めた。


「……遠くまで来たなぁ」


アルモンドは呟くと、ムーンストーンを発つ前に王宮で受けた命令を思い出した。



アルモンドが御前会議に出席するのは、これが初めてだった。


御前会議は、国王のもとに宰相や重臣、有力貴族が集まり、国の重要事項を話し合う場である。


サイデライト宰相は、机の上に広げた地図を指した。


「今回の目的は、バサルクに対する我が国の影響力を強めることだ」


バサルク王国は、ムーンストーン王国の属国である。


アルモンドは地図に目を落とした。


ムーンストーン王国。

その南、赤道近くに、バサルク王国がある。

さらにその南には、ムーンストーン王国アルマンディン領の大陸がある。


「アルマンディン領の統治は、まだ安定していない。

その手前にあるバサルクまで不安定になるのは避けたい」


アルモンドはうなずいた。


「そこで、今のうちにバサルク王家との関係を固める」


サイデライト卿はアルモンドの父である。


しかし、今は父親として息子と話しているのではない。

宰相として、これから王の使者になり外国へ向かうアルモンドに話していた。


「バサルク国王は、しばらく前から体調を崩している。現在は執務にも支障が出ている。

バサルク王家は、オーニチェ王太子への王位継承を急ぎたいと言ってきた」


「なるほど。

こちらの承認が欲しいのですね」


それまで黙っていた王が口を開いた。


「そうだ。

王位継承は認める。ただし、条件付きだ」


サイデライト宰相が続けた。


「条件は、ペルラ・ベトーラ嬢との婚姻だ。

オーニチェ王太子が即位すれば、ペルラ嬢はバサルク王妃になる」


ムーンストーンの中央貴族が、バサルク王家に入ることになる。


「ペルラ・ベトーラですか」


アルモンドは言った。


「そうだ。ベトーラ家なら王家からの信頼も厚い。

それに、バサルクからの人質のディアバス第二王子殿下を十年以上預かっているから、バサルク王家とも縁がある。

何より、ペルラ嬢には婚約者がいない」


「ディアバス第二王子殿下?」


アルモンドは聞き返した。


「ベトーラ家にいるアーバスのことだ」


アルモンドは思わず父を見た。


「アーバスが、バサルクの第二王子なのですか」


「そうだ」


アルモンドは驚いた。

アーバスとは王立学校で何度も顔を合わせている。

ペルラの幼馴染で、ベトーラ家で一緒に育った男だとしか思っていなかった。


「つまり、オーニチェ王太子殿下の即位と、ペルラとの婚姻を一つにするのですね」


「そうだ。どちらか一方では意味がない」


サイデライトは地図から別の書類へ手を移した。


「それから、ディアバス殿下には、そのままバサルクに戻っていただく」


「ディアバス殿下を、人質の立場から解放するということですか?」


「そうだ。

ペルラ嬢が王妃になるなら、人質としてこちらに置くより、バサルク第二王子として向こうにいた方がいい。

バサルク王家の中枢に、ムーンストーンをよく知る人間が二人いることになる」


「なるほど」


サイデライトは息子を見た。


「アルモンド。お前には陛下の使者としてバサルクへ行ってもらう」


「はい」


「お前がいる間に、ペルラ嬢との婚姻とオーニチェ殿下の即位まで、バサルク王家にはすべて済ませてもらう」


アルモンドはうなずいた。


「即位を見届けて帰れ」


「承知しました」


「バサルク側との調整も任せる。小国ではあるが、王家を相手にする仕事だ。よく勉強してこい」


「はい」


いずれ王太子シナモンを支えるなら、外国との交渉も知っておく必要があるということか。


王がヴィレンスに視線を移した。


「ヴィレンス。お前も一緒に行ってくれ。

表向きは使者アルモンドの護衛だ」


ヴィレンスは軽く頭を下げた。


アルモンドは驚いてヴィレンスを見た。


端正な顔には、いつものようにほとんど表情がない。


ヴィレンスが近衛の中でも抜きん出て強いことは、アルモンドも聞いていた。

王太子の専属護衛に選ばれたのも、そのためだと思っていた。


だが、王家がヴィレンスを重用する理由は、それだけではないらしい。


「ペルラ嬢とディアバス殿下の身辺に気を配れ。

それから、ディアバス殿下が第二王子としてバサルクに定着できるよう、必要なら手を貸せ。長くムーンストーンにいたからな」


王は一度言葉を切った。


「ただし、こちらの動きに気づかれないように」


「はい」


サイデライト宰相は机の上の書類をまとめた。


「以上だ」


アルモンドとヴィレンスは黙って頭を下げた。

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