57. バサルク王宮編② 虹
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
滝の音がしていた。
バサルク王宮のペルラの部屋のテラスからは、少し先の大きな滝が見えた。
朝の光を浴びて、水しぶきの虹が出ていた。
「虹が見えますね!」
ペルラがうれしそうに言った。
「きれいですね。滝も、森も」
ペルラはゆっくりと景色を見渡した。
バサルク王国は、ムーンストーン王国のはるか南、深い熱帯雨林に覆われた島国であった。
森にはまだ少し霧がかかっていた。
霧越しに見える空は、白く輝いていた。
遠くで、知らない動物の鳴き声がした。
「気に入ってもらえて良かった。
私もこの景色が好きです」
ペルラの隣で、オーニチェ・バサルクが言った。
昨日、婚約したばかりの、この国の王太子だ。
ディアバスの兄だけあって、顔も体格も声もよく似ている。
背は高く、浅黒い肌に、黒い瞳と髪が印象的だった。
オーニチェは跪くと、ペルラの手を取って、自分の額につけた。
そして、顔を上げると、にっこり微笑んだ。
「ペルラ、ようこそ我がバサルク王国へ」
◇
ペルラとオーニチェが室内に入ると、侍女がすぐにお茶とお菓子を運んできた。
ペルラとオーニチェは、外を眺めながら、ゆっくりお茶を飲んだ。
「バサルクまで長旅お疲れ様でした。
昨日は王宮に到着次第、婚約式とディアバスの帰国歓迎会で、大変だったでしょう」
「ええ、少し。でも大丈夫ですわ」
ペルラは笑った。
オーニチェは、昨日のことを思い出していた。
婚約書にサインするペルラの顔色は悪く、少し震えていた。
婚約式の後に、弟ディアバスと、ムーンストーン王からの使者のアルモンドを呼んで聞いたところ、ムーンストーン王国側は到着日に婚約式を行うことをペルラとディアバスに説明していなかったらしい。
アルモンドは濁していたが、ペルラは、バサルクに来てから婚約するかどうか考える時間があるというニュアンスの説明を受けていたようだ。
この調子では、今回の婚約の意味も、ペルラとディアバスには説明されていないのだろう。
ムーンストーン側は、ペルラをまずバサルクへ連れて来ることを優先したのかもしれない。
昨日の様子から、今朝も心配していたが、ペルラの顔は晴れやかだった。
「昨夜は寝れましたか?」
「はい。でも……あの、揺れが少し気になりました」
「なるほど。
バサルクの王宮や家は独特ですから、少し揺れていると言いますね」
バサルクの建物は、熱帯雨林の巨木にネットや板を組み合わせて空間を作り、空中回廊や吊り橋で互いをつなぐ多層のネットワーク構造になっていた。
王宮は、熱帯雨林の上の方、樹冠近くにあり、その次の高さに貴族の邸宅が作られており、その下に一般の家があり、最下層の地面近くは労働区域になっていた。
バサルク王宮は、その構造のために、風や伝わる振動で、常に微かに揺れていた。
バサルク人にしてみれば全く気にならないが、地面に家を建てるムーンストーン人のペルラにしてみれば初めての感覚だったに違いない。
ペルラが過ごしやすいように、早く慣れるように手助けしたいが、建物の揺れはどうにもならないだろう。
「でも、きっとすぐに慣れますわ」
ペルラは笑った。
そして、すぐにまじめな顔に切り替わった。
「オーニチェ様、一つ伺ってもよろしいですか?」
「どうぞ。一つと言わず、いくらでも」
「あの、少し言いにくいのですが、ディアバス……ディアバス殿下にお会いすることはできますか」
「……なるほど」
オーニチェは部屋の入口に声をかけた。
「ピレイ、入れ」
華やかな雰囲気の、金髪の男性が入ってきた。
「ペルラ、紹介する。
私の補佐官、ピレイ・オアだ」
ピレイはペルラに頭を下げた。
「ペルラ・ベトーラです。ピレイ・オア様、よろしくお願いします」
ペルラはピレイに挨拶をした。
オーニチェは席を立った。
「時間なので、私は行かねばならないが、ピレイに何でも聞くとよい。
では、また明日来る」
オーニチェは優しく言うと、ペルラの部屋を出た。
事前調査によれば、ディアバスとペルラはベトーラ家で実の兄妹のように親しく育ったと言う。
――異国で心細く、ディアバスと話したいのだろう。
オーニチェもピレイも、それは予想していた。
――気持ちは理解できる。だが。
王太子の婚約者となったペルラは、バサルク王宮のしきたりに従い、奥宮に入った。
奥宮は女性の区域であり、男性の出入りは厳しく制限されていた。
面会の許可を出すのは、バサルク王の権限であったが、王は老いており、今はオーニチェが一切を代行していた。
だから、「ディアバスとの面会は許可しない」と言うのは簡単だった。だが、ピレイが「その対応は私が引き受けましょう」と申し出たので、任せることにした。
――ピレイならうまくやってくれるだろう。
オーニチェは奥宮の区域を出た。
奥宮の入り口に立つ近衛が敬礼した。




