56. バサルク王宮編① 婚約式
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ペルラはペンを持つと、自分の手が微かに震えていることに気付いた。
――しっかりするのよ、ペルラ・ベトーラ!
ペルラは自分を励ました。
ここに来るまでに、十分考えて、十分泣いて、十分覚悟してきた。そのはずだ。
このバサルク王国の王宮に来るまでの間に。
一人でもやるしかない。
――私はここで生きて、ムーンストーン王国とバサルク王国の架け橋になる。
ペルラはペンを握り直したが、まだ手は震えていた。
横を見ると、ディアバスとほとんど同じ顔の男性が、ペルラの方を向いて微笑を浮かべていた。
バサルク王国の王太子、オーニチェ・バサルクである。
ディアバスの兄だ。
オーニチェは微笑んでいるのに、目が笑っていない気がして、ペルラは頭がクラクラしてきた。
オーニチェの隣奥に、ディアバスの横顔が見えた。
ディアバスは、正面を向いて、口を引き結んで、どこか遠くを見ていた。
バサルク王国の伝統衣装に身に包んだディアバス第二王子は、ペルラの知らない人だった。
婚約書に早くサインしなくては、おかしいと思われる。
この婚約式にはバサルク中の貴族が集められている。
大勢の視線を感じて痛かった。
ペルラは左手で、ペンを持つ右手を一回グッと押さえた。
――大丈夫。書ける。
――自分の名前なんて、今まで何百回も書いてきた。
ペルラはサインすると、婚約書から目を上げた。
オーニチェ王太子が微笑んだまま、すぐ婚約書を回収し、背後の側近に渡すのが見えた。
オーニチェの隣奥にディアバスが見えるはずなのに、少し涙が出てきて、もう見えなかった。




