41. 巡航都市プリズマ編⑦ イグニスの夜
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
その日の夜更け。
宿のイグニス・コンミフォラの部屋のドアがノックされた。
寝ぼけ眼のイグニスがドアを開けると、シナモン王太子の護衛のヴィレンスが立っていた。
「あ、もしかして今から?」
イグニスが訊くと、ヴィレンスはうなずいた。
かつてアルマンディン大陸を治めていたアルマンディン大陸王国は、ムーンストーン王国との戦争に敗れて滅亡した。現在、その地はムーンストーン王国のアルマンディン領となっている。
しかし今も、旧王国の残党が各地で活動を続けていた。
ムーンストーン王家は以前からその流れを探っていたが、巡航都市プリズマは独立した国家だ。ムーンストーンの政府や軍が、交易の記録を自由に調べることはできない。
プリズマに来る前に打ち合わせは済んでいた。
しかし、プリズマのどこで、いつやるのかは、イグニスにはわからなかった。
こういうのは、いつも突然連れて行かれるのだ。
イグニスは準備していた鞄をトランクの底から取り出した。
その間に、ヴィレンスは女性用のドレスと帽子をベッドの上に広げた。
「えっ、今回は女装?」
「大丈夫だ。似合う」
イグニスの美しい淡い紫色の髪と瞳、そして端正な顔立ちは、どこか中性的だった。
「そういうことじゃないんだよなぁ」
ブツブツ言いながら、イグニスは素早く着替える。
両手からうなじにかけて、網目状の火傷の痕が薄く残っていた。コンミフォラ家で改良中の星の蔦を、最近イグニスが自分で試したときについたものだ。
最後に帽子を深く被る。
なかなかの美少女が完成したが、もちろんイグニスもヴィレンスもそんなことは気にしていなかった。
宿の玄関から馬車に乗り、人気のない通りで降りる。
通りを少し歩いて反対側へ抜けると、待っていた荷馬車の荷台に乗り換えた。
荷台に積まれていた空箱の一つに身を隠す。
しばらく走ったところで、箱ごと下ろされた。
荷馬車が去り、さらに少し待ってから、ヴィレンスの合図で這い出る。
倉庫区画のようだった。
その奥まで進むと、機械だらけの部屋があった。
壁には何本もの配管が走り、低い機械音が響いている。
機械の横には、何かの札がいくつかの山に分けて積み上げられていた。
ヴィレンスが一つの装置を指差した。
イグニスは袖を捲り上げた。
機械の蓋を開けて、中を見る。
「……聞いてたのと違うね。持ってきた部品じゃ足りないな」
イグニスはさらに中を覗き込んだ。
「まあ、できないことはないか」
イグニスは視線を上げて、ヴィレンスを見る。
「その星の蔦、使っていい?」
ヴィレンスは星の蔦を外し、机に置いた。
イグニスは、小さな工具を取り出し、特殊な留め具を一つずつ外していった。
普通なら分解できない星の蔦が、一本一本の銀線に分かれていく。
その銀線を、プリズマの装置へ正確に、しかし目立たないように組み込んでいく。
作業はしばらく続いた。
やがてイグニスが手を止めた。
「たぶん、これでいける」
星の蔦は支給時に各人用に調整されており、他人は本来は使えない。
イグニスは、残りの星の蔦の接続部を少しいじり、使用者制限を解除する。
星の蔦全体に光が流れるように走って、そして光が消えた。
イグニスは星の蔦を装着した。
「うん、大丈夫」
イグニスは目を細める。
「記録の写し取れてる」
しばらく確認してから、イグニスは星の蔦を外した。
「ありがとう」
ヴィレンスへ返す。
ヴィレンスは星の蔦を装着した。
明らかに銀線が少ない。
「……スカスカだね」
イグニスが小さく笑った。
「まあ、ここを出てから考えよう」
ヴィレンスも微笑んだ。
イグニスは機械の蓋を閉じ、持ち込んだ道具を鞄へ戻した。
二人は部屋を出た。
低い機械音だけが、何事もなかったように響き続けていた。




