37. 巡航都市プリズマ編③ 差し入れ
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ペルラとアクアとルビーの三人は、プリズマの商業地区を歩いていた。
もうすぐ昼になる。
「シナモン殿下は、みんなが街を散策している間、美術館を視察されるそうよ」
アクアが言うと、ルビーは顔をしかめた。
「確かにプリズマ美術館は有名だけど、王太子ってのは大変だな。人混みもダメ、屋台もダメ」
「仕方がないのでしょうけどね……。食べ物の屋台に行きたがってらしたわね」
不意にペルラが大きな声を出した。
「いいこと思いついた!」
「何? どうしたの?」
「シナモン様に屋台の食べ物、差し入れしてあげようよ!」
アクアとルビーは顔を見合わせた。
「ペルラ、きっとアルモンド様がシナモン様の昼食は準備済みよ」
「そうだよ。しかも毒味もいないし」
ペルラはあきらめなかった。
「私たちがちょっと食べて毒味すればいいんじゃない? アルモンド様が買わなそうなものを差し入れたらいいんじゃない?」
それから、さらに続ける。
「シナモン様が食べなくてもいいのよ。見るだけでも雰囲気が味わえるんじゃない? せっかくプリズマまで来たのに、王都と同じ生活じゃかわいそうよ」
「うーん。ペルラがそこまで言うなら……差し入れ、してみます?」
アクアはルビーを見た。
「いいんじゃない? やってみるだけやってみれば。ダメなら食べないだろうし。意外と喜ばれるかもしれないし」
ペルラはアクアとルビーに抱きついた。
「ありがとう! 二人とも!」
「まだ何にもしてないから」
ルビーはペルラを引き剥がした。
「アルモンド様の買わなそうなもの……私、先ほど変わったデザートパイの店を見かけましたわ」
アクアには心当たりがあるようだった。
「いいじゃん。パイとか、火が通ってるものの方がいいんじゃない?」
ルビーは現実派であった。
「デザートパイですから、中に火が通ってるかは分かりませんわ」
「そっかあ」
考えるルビーの横で、ペルラが言った。
「でも、とりあえず見に行ってみよう! ね?」
◇
デザートパイの店までは、しばらく戻る必要があった。
「それにしても、風が強いね〜」
ルビーが言った。
海の上だから仕方がないのだろうか。
「そうですわね。私も髪がこの通りですわ」
アクアは帽子を取ると、髪を手でといた。
あまり意味はなさそうだった。
「ショールが飛ばないように、ブローチを買おうかな」
「いい案ですわ」
ルビーとアクアの言葉に、ペルラも笑顔で頷く。
とはいうものの、店がたくさんあり過ぎて、アクセサリー屋がどこにあるのか全然分からない。
「聞くしかないか」
ルビーが辺りを見回した。
ペルラもつられて辺りを見回すと、男が声をかけてきた。
「はいはーい、お嬢さん方、どこから来たの? こんな美人は見たことないなあ」
「……ムーンストーンです」
少し離れたところから見守っていたディアバスは、バカ正直に答えるペルラを見て、ため息をついた。
――知らない人に名前や家を聞かれても言うな、と教えたはずなのに……。
そんなディアバスの姿を見て、隣にいたローエンが少し笑った。
男は小型のトランクをぱかっと開けた。
中には、色とりどりのアクセサリーが入っていた。
「ムーンストーンか。いい国だよな。憧れの国だよ。俺も行ってみたいな〜。代わりに、俺の子供を連れて行ってくれないか?」
男はネックレスを一つ取ると、持ち上げて光に透かした。
じゃらじゃらとガラスビーズ同士がぶつかる音がした。
プリズマでよく見る、透き通った青緑色のガラスが、揺れるたびに眩しく光った。
「きれいだろう? 俺が作ったんだ。どれも世界に一つだけだぜ」
見とれるペルラの横から、ルビーが口を出した。
「ブローチはある?」
男はネックレスをトランクの中に並べ直しながら答えた。
「ないな。プリズマではブローチはあまりつけないんだ」
「どうして?」
「どうしてだろうな。俺も分からないけど、落としやすいからじゃないか」
「そうなの」
「まあ、全然売ってないわけじゃないぜ。売ってる店に連れて行ってやろうか?」
その時、ローエンがやってきた。
「こんにちは。仕事中悪いけど、プリズマで一番の宝石店に案内してくれない?」
そう言うと、男の手にチップを握らせた。
「おうよ! 兄ちゃん、任せときな!」
男は力強く宣言した。
◇
美術館の控え室では、シナモンが昼食を食べるアルモンドを見ていた。
二人は先ほど美術館の視察を終えたところだった。
その後、アルモンドだけが外へ出て、プリズマ名物の屋台街へ行ってきたのだ。
「アルモンド、俺のは?」
「買ってきませんでした」
「なんで? 俺もお腹空いてる!」
「頼まれませんでしたし、それに街で見たんですよ。殿下に屋台の食べ物を差し入れようって盛り上がってるグループ。うちの学校の子たちでした」
「えっ、そうなのか? みんな優しいなぁ。よぉし、待っちゃうぞ〜!」
シナモンは嬉しそうに言った。
しかし、すぐに考え込む。
「……いや、それとも俺が王太子だから、みんな親切に……?」
「……何か急に情緒不安定じゃないですか? どうしたんですか?」
部屋の扉が、ノックと同時に開いた。
「失礼するね〜。そりゃ、シナモンがお腹空いてるからじゃない?」
ユーカリが入ってきた。
そのすぐ後ろには、アデュラリア家騎士団の騎士が一人、私服で付き添っていた。
今回の旅行に護衛を同伴したのは、シナモン王太子とユーカリだけである。
さすが大貴族アデュラリア家である。
「だから、さっき僕と一緒にレストランに行こうって言ったのに」
ユーカリはシナモンに付き合って美術館を見た後、レストランで昼食を食べてきていた。
「うるさい! 俺はレストランなんか、うらやましくない。ちっともうらやましくない!」
「往生際が悪いなぁ……」
ユーカリは呆れたように言った。
「まあ、いいや。僕はこれから宝石店に行って姉へのお土産を買う。シナモンも妹さんへのお土産が欲しかったら、一緒に買っておいてあげるけど。どうする?」
シナモンは机に突っ伏した。
「うーん、それはありがたいからお願いしたい……が!」
「が?」
ユーカリが聞き返した。
「お腹が空いた!」
シナモンは、食べ終わって口を拭くアルモンドをうらめしそうに見つめた。
「誰か、様子を見てきてくれ!」
部屋の隅に立っていたヴィレンスは、それを聞くと、他の近衛に交代の合図をして、部屋を出ていった。




