30. イグニス編⑤ 朝日
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ディアバスはドアを開けると、廊下を確認した。
誰もいない。
――良かった。まあ、この時間だしな。
「ペルラ、行くぞ」
「うん」
二人が廊下を途中まで進んだ時だった。
向こうから、何かを肩に担ぎ、床をズルズルと引きずる人物が近づいてきた。
廊下はまだ暗く、よく見えない。
「ディア、あれ何?」
「さあ……」
白い布に包まれているため、何なのかはわからない。
ただ、かなり重そうである。
――しかも、手足みたいなのが飛び出してないか?
明らかに不審者である。
ディアバスはペルラを後ろに隠した。
しかし、近づいてくると誰なのかわかった。
「イグニス様」
ディアバスの背中に隠れたまま、ペルラが小さくつぶやいた。
入学式でペルラが一目惚れした、イグニス・コンミフォラである。
その後ベルデにイグニスのことを聞いたところ、「コンミフォラ家はダメだ」と強く反対されていた。
イグニスも二人に気づいたようで、立ち止まった。
「やあ、こんばんは。驚いた? ごめんね。この時間なら誰もいないかと思って。これ、別にあやしい物じゃないんだよ」
イグニスが白い布をペラリと外した。
と同時に、ディアバスはペルラを引き寄せ、その視界を遮った。
「ディ、アーバス……?」
何か、すごく嫌な予感がした。
一瞬の判断だった。
そして目の前の物を見て、その判断は正しかったとディアバスは思った。
「イグニス様、これは……?」
「うん。小型のワニだね」
イグニスはニコニコしている。
明け方の太陽の赤い光が、鎮座するワニを照らした。
――ワニはあやしい物ではないのだろうか?
ディアバスも混乱してきた。
「大丈夫だよ。もう死んでるからね。夜ちょうど死んだワニが出て、王都に運んできてもらったんだよ。今日は大きい市場がある日だから、ちょうど王都に来る便があったんだ」
ディアバスとしては、ワニの詳細よりも、先ほどから無言のペルラの方が気になる。
大貴族コンミフォラ家のイグニスの気分を害さないようにしつつ、撤退したい。
「イグニス様、貴重な物を見せていただき、どうもありがとうございました。実は私たちもその市場に行こうと思っておりました。心残りではありますが、出発の準備をしなければならないので、失礼いたします」
イグニスは驚いたようだった。
「ごめんね、引き留めて。では、市場を楽しんできてね」
イグニスはワニに白い布をかけると、しっぽを再び肩に担いで歩き始めた。
生臭い匂いがあたりに立ち込めていた。
「ペルラ、大丈夫か」
ディアバスはペルラを自分から引き離した。
「ワ、ワニ……??」
あまり大丈夫ではなさそうである。
「とりあえずペルラの部屋に戻ろうな」
ディアバスはため息をつくと、ペルラの手を引いてその場を後にした。




