29. イグニス編④ 約束
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「おはよう、ディア! 起きて! 朝だよっ!」
「う〜ん、むにゃむにゃ……俺はアーバス……」
「アーバスでも誰でもいいから! 起きて! 今日は市場に行く約束でしょ?」
アーバスことディアバスは急に目が覚めた。
ペルラが必死に体を揺さぶっている。
今日は休日で、大きな市場が立つ日だった。
「お、おはよう……」
少しご機嫌斜めのペルラは、すでに外出着だった。
ペルラがディアバスより先に自力で起きて、自力で外出の準備までしたなんて、兄のベルデに報告したら泣いて喜びそうである。
「もう! 今日は市場で園芸店に行くって話だったじゃない!」
ペルラの趣味は園芸と読書である。
「そうだけど……」
ディアバスはベッドから起き上がると、窓のカーテンを開けた。
夜空には、まだ星が瞬いていた。
東の空がようやく白み始めたところである。
「……ちょっと早くね?」
「そんなことないわよ。市場は五時からでしょ?」
「園芸店は十時からだぞ」
「えっ!」
ペルラとディアバスは無言で顔を見合わせた。
「ディア、ごめん。私、勘違いしてた。起こしてごめんね。もう寝て。寝ていいよ」
ペルラが渾身の力で、ディアバスをベッドに押し倒そうとしてくる。
「ちょ……いいから、押すのをやめろ」
ペルラは手を離すと、しょんぼりした。
「ディア、ごめんね。十時までゆっくり休んでね」
「十時の開店と同時に行きたいなら、遅くても八時には起きなきゃダメだぞ」
「確かに、そうだわ。じゃあ、八時までゆっくり休んでね」
ペルラは部屋のドアに手をかけた。
「待て待て」
「何?」
明け方に男の部屋から出てきた貴族令嬢なんて、誰かに見られたら一巻の終わりである。
婚活が進むどころか、噂の的だ。
正確に言えば、入るところを見られた可能性もゼロではないが、もう済んだことなので、考えてもしょうがない。
ペルラとディアバスはお互いの部屋の合鍵を持っている。
ペルラはあまり深く考えずに突入してきたのだろう。
「部屋まで送るから、ちょっと待て」
「大丈夫よ。すぐそこだもの」
「いやいや、そういう問題じゃないんだ」
ペルラには一度、しっかり淑女の心得を教えなくては。
そう思いながら、ディアバスは上着を羽織った。




