↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/78

21. ミリス編⑥ 小箱

※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。

「少々、失礼いたします」


ペルラがそう言って席を立つと、アーバスことディアバスが扉を開けた。


二人が廊下へ出ていき、応接室にはミリス一人が残された。


ミリスは紅茶を口へ運びながら、先ほどの会話を思い返した。


アルマンディン駐留軍への異動を志願すると告げたとき、ペルラは明らかに戸惑っていた。


もっとも、絶対に嫌とは言われていない。


治安が悪く、王都から遠い土地なのだ。

ムーンストーン王国内を王都から南の港まで何日もかけて移動し、それから船に乗り、赤道を越え、ようやくアルマンディン大陸の北端に着く。

すぐに賛成できないのも無理はない。


一度話しただけで決めるようなことでもない。これから少しずつ話していけばいい。


それに、ペルラがアルマンディンそのものを嫌っているとは思えなかった。


アーバスのこともある。


褐色の肌に黒い髪、黒い瞳。


ムーンストーンの地方貴族の出だと聞いているが、その容貌からはアルマンディンの血が入っているように見える。


ペルラは、そのアーバスと幼い頃から家族同然に暮らしている。


ならば、気になっているのは土地の遠さや治安なのかもしれない。


ミリスは何気なく応接室を見回した。


飾り棚に、金の小箱があった。


小箱の圧倒的な存在感に、吸い寄せられるようにミリスは立ち上がった。


厚みのある金の表面に、直線と角を幾重にも重ねた幾何学模様が刻まれている。


側面ぐるりに赤い宝石がいくつも配置され、正面のものは親指の先ほどもある。透き通る深い赤が、金の中でひときわ鮮やかに輝いていた。


箱の縁にも細かな金細工が巡らされ、どこを見ても隙がない。


ムーンストーンで好まれる、細い銀線の曲線美とはまったく違う。


力強いアルマンディン様式だ。


美術品に詳しくなくても、相当な品だと分かる。


小さな箱一つに、かつてアルマンディン大陸全土を治めた王国の富と繁栄が、そのまま凝縮されているようだった。


なぜ、これがベトーラ家にあるのだろう。


アーバスといい、この小箱といい、ベトーラ家にはアルマンディンとの縁でもあるのだろうか。


眺めていると、扉の向こうから足音がした。


ディアバスが扉を開け、その後ろからペルラが戻ってくる。


「失礼いたしました。お待たせして申し訳ございません」


「いえ。気になさらないでください」


ミリスは小箱へ視線を戻した。


「ところで、これは見事な箱ですね。アルマンディンの品ですか?」


「あ……」


ペルラは一瞬困った顔をした。

そんな表情もかわいいとミリスは思った。


ペルラは後ろに立つディアバスを振り返った。


その箱がどこから来たものなのか、ペルラは知っていた。


ディアバスの亡き母王妃の遺品である。


あまりに見事な品だったため、応接室の飾り棚に置いていた。


ベトーラ家には訪れる客が少なく、由来を尋ねられる可能性を、誰も深く考えていなかったのだ。


適当な嘘で取り繕うことはできるが、そうしてもいいものか、ペルラには判断できなかった。


ディアバスが口を開いた。


「おっしゃる通り、アルマンディンの品に見えますね。ただ、詳しいことは存じません。申し訳ございません。

ベルデ様でしたら、何かご存じかもしれませんが」


「そうですか。

あまりにすばらしいので、つい気になりまして」


ミリスはもう一度小箱を見た。


「きれいですよね。私も好きです」


ペルラも小箱を見て、微笑んだ。



ミリスが帰ったあと、ディアバスは応接室へ戻った。


金の小箱を自室に移動させる。


よく見るのは久しぶりだった。


この箱がバサルクから届いたのは、ディアバスがまだ幼かった頃だ。


母の遺品だと、父からの手紙に書かれていた。


母のことを、ディアバスは覚えていない。


三歳でムーンストーンへ送られたディアバスは、それ以来、一度もバサルクへ帰ったことがなかった。


ベトーラ家は、何度も一時帰国をムーンストーン王家へ願い出てくれていた。


だが、そのたびに却下された。


人質を一時帰国させるとなれば、バサルク王家との協議が必要になる。


一人に認めれば、他国から来ている人質への対応も問題になる。


ベルデは以前、ムーンストーン王家がディアバスの帰国を強く拒んでいるというより、官僚たちが面倒を避け、これまで通り却下しているだけではないかと話していた。


本当のところは分からない。


ディアバスは、王都にいるバサルク公使と自由に会うこともできなかった。


故国とのつながりは、年に何度かの手紙くらいだった。


幼い頃は、父と母から手紙が届いていた。

母が亡くなってからは父から届き、やがて兄の名前も加わった。


そして今では、兄から届くようになった。


父が、母が、兄がどんな人なのか、ディアバスは知らない。


バサルクとの手紙は全て開封し検閲されており、手紙には一般的な内容しか書かれていなかった。


それでも手紙が届けば、バサルクに自分の家族がいるのだと思った。


ディアバスは机の上の小箱に触れた。


蓋の内側には、母の生家であるアルマンディン貴族の紋章が刻まれていたはずだ。


昔、見た記憶がある。


もう何年も開けていない。


久しぶりに見たくなって、ディアバスは蓋を開けた。


「…………」


飴が溶けていた。


中には、色とりどりの包み紙に包まれた飴が、数個入っていた。


包み紙はところどころほどけ、その隙間から溶けた飴が流れ出ていた。


しかも、箱は内側にも細かな金細工が施されている。


溶けた飴は、その細い溝や凹凸にまで入り込んで固まっていた。


見覚えがある。


子供の頃、ペルラが気に入っていた飴だ。


おいしいから取っておくと言って、何個かこの箱にしまっていた。


どうやら、そのまま忘れたらしい。


ディアバスは小箱の中を見つめた。


「……どうやって掃除すんだよ、これ」


そのとき、ノックと同時に扉が開いた。


「ねえねえ、ディア。明日の朝、私パンケーキがいい……」


ペルラが入ってきた。


「あ、さっきの小箱見てるの?」


「……」


ペルラが机へ近づき、小箱の中を覗いた。


「あ……飴」


ディアバスはペルラを見た。


「お前なー」


ペルラは目を逸らした。


「あ、私そういえば用事思い出したわ……」


ペルラはそのまま部屋を出ていった。


部屋には、金の小箱と飴とディアバスが取り残された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。