17. ミリス編② 夜更け
夜も更け、ベトーラ家は静まり返っていた。
ペルラはすでに寝室へ引き上げていた。
ディアバスだけが居間の明かりを残し、読みかけの本を手にベルデの帰りを待っていた。
母国バサルク王国の歴史の本だ。
今までバサルクの本を読むのは何となく避けていたが、最近不思議と手が伸びるようになった。
やがて、玄関の扉が開く音がした。
ディアバスが立ち上がって廊下へ出ると、ベルデが疲れた様子で入ってくるところだった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
ベルデは屋敷の奥へ目を向けた。
「ペルラは?」
「もう寝ました」
「そうか。今日は遅くなったからな」
少し残念そうに言いながら、ベルデは腰の剣帯を外した。
差し出された剣を、ディアバスは両手で受け取り、台に置いた。
「相変わらず重いですね」
「毎日持っていれば慣れるぞ」
以前そのことを尋ねたとき、ベルデは笑いながら言っていた。
『筋力訓練のためだ。こっそり鍛えてるんだから、他の人には絶対内緒だぞ』
王都守備隊の副隊長ともなれば、日頃から人知れず鍛えているものなのだろう。
実際、ベルデは昔から努力を人に見せるような人ではなかった。
貴族の子弟としては珍しく、王立学校にも通っていない。両親を早くに亡くし、若くしてベトーラ家を継ぐと、入隊できる年齢になってすぐ王都守備隊へ入った。
最初は一番下の見習いからだったという。
それから働きながら剣を磨き、今では副隊長だ。貴族でありながら叩き上げのベルデは、平民出身の隊員からも慕われていた。
ベルデは、左の側頭部から肩、腕へと沿わせていた星の蔦を、上から順番に外していく。
細い銀線と、所々に埋め込まれた緑色の宝石が、白い明かりを受けて、淡くきらめいた。
ディアバスは星の蔦を受け取ると、剣の隣に置いた。
それから台所に向かい、夕食のシチューを温める。
「今日は何かあったか?」
「ペルラがミリス様とカフェに行きました」
ベルデの表情が変わった。
「順調じゃないか」
「楽しかったそうです。ミリス様の好きな食べ物を聞いたり、子どものころの話を聞いたり。また会いたいと言ってました」
「本当か?」
「はい」
「ミリスの方は?」
「次に会う話もしていたみたいです。ペルラが行きたい場所を聞いてくれたそうで」
ベルデは満足そうに笑った。
「いいじゃないか。ミリスなら、信頼できる。
この調子で、少しずつ仲良くなればいい」
そう言って、ベルデは上機嫌に食事を続けた。




