143. ムーンストーン編⑩ コンミフォラ邸・後編
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
馬車が玄関前に止まった。
扉が開く。
ペルラは中へ入った途端、足を止めた。
「わあ……!」
室内は花があふれていた。銀線と細い透明管の光がその花々を照らし、大窓には色とりどりの花模様が浮かんでいた。
「すてき!」
ペルラの目が輝いた。
「本当? よかった!」
コンミフォラ夫人は嬉しそうに笑った。
執事とメイド長は、安堵した。
夫人はペルラの両手を取った。
「私、うれしくて……昨日、眠れなかったわ。ペルラちゃん!」
夫人は、ペルラの後ろに立つディアバスを見た。
「ところで……なんとお呼びしたらよろしいかしら?」
「アーバス・セルドでお願いします」
「では、アーバス様。
改めまして、ご結婚おめでとうございます」
夫人は微笑んだ。
「ありがとうございます」
ディアバスとペルラは頭を下げた。
「それでね、ペルラちゃん……」
夫人の視線はすぐにペルラへ戻った。
◇
その後、席についた。
ペルラとディアバスは、バサルクへの往復で世話になった礼を述べた。
「兄もお礼を申しておりました」
ペルラが頭を下げる。
「まあ。無事に皆さん帰ってこられて、本当によかったわ」
「ご主人様にも、よろしくお伝えください」
「もちろん」
夫人はにこやかにうなずいた。
「イグニスが、いつもお世話になっております」
「こちらこそ、仲良くしていただいて」
しばらくすると、コンミフォラ夫人は席を立った。
「あとは若い人だけの方がいいわね。何かあったら呼んでね」
夫人が部屋を出ると、三人だけになった。
ペルラは、持ってきた封筒を取り出した。
「前にも言ってた結婚式なんだけど、招待状ができたから持ってきたの」
イグニスは封筒を受け取り、招待状に目を通した。
「改めて、おめでとう」
イグニスはにこっと笑った。
「ありがとう」
ペルラとディアバスも笑った。
◇
昼食も、いつの間にか食べていくことになっていた。
「おいしかった〜」
食後、ペルラは椅子の背にもたれた。
そこへ夫人が顔を出した。
「皆様、昼食はいかがでした?」
「とってもおいしかったです!」
「あら? ペルラちゃん?」
夫人がペルラの様子を見る。
「ちょっと食べ過ぎてしまいました……」
「まあまあ大変。すぐ馬車に乗っちゃダメよ。ぜひお昼寝していってちょうだい。遠慮しなくていいのよ」
「いいんですか? すみません。では、お言葉に甘えて……」
ペルラはメイドに案内され、ふらふらと客用寝室へ消えていった。
見送るディアバスは唖然としていた。
――え? ウソだろ?! 何時までいるつもりだ?
ペルラの昼寝は、一時間では済まない。
隣で、イグニスがあくびをした。
「なんか僕もいっぱい食べて眠くなっちゃったから、ちょっと寝てもいい?」
「お前も?」
「実は昨日、なぜか珍しくあんまり寝られなくてさ」
「そうなのか」
「お客さんをほっといてごめんね」
「気にするな」
「暇つぶしに、よければ図書室でもどうぞ」
「おう。ありがとう」
イグニスも去り、近くにいた使用人がディアバスを図書室へ案内した。
廊下を進み、使用人が最初の扉を開けた。
「こちらが第一図書室でございます。小説や随筆などがございます」
壁一面の書架。高い天井。二階部分には回廊まである。
次の扉が開かれた。
「こちらが第二図書室でございます」
長い閲覧机と、その向こうまで続く書架。
さらに、その隣の扉も開かれた。
「こちらが第三図書室でございます。専門書はこちらに多くございます。
お好きな図書室でお過ごしくださいませ」
ディアバスは困惑した。
「あの……一番普通の図書室はどれですか?」
「第一図書室でしょうか。小説などが中心でございますので」
「じゃあ、そこで」
「かしこまりました。お茶をお運びいたします」
第一図書室へ戻った。
ディアバスは書架から小説を一冊取り、ソファに座った。
静かだった。ソファは柔らかい。間もなく温かいお茶まで運ばれてきた。
本を開き、何ページか読む。
やがて、大きく息を吐いた。
「……ダメだ。俺まで眠くなってきた」
朝から、妙に疲れた。
ディアバスは本を持ったまま眠ってしまった。
◇
午後。
ペルラが起きた。
イグニスも起きた。
ディアバスも起こされた。
イグニスの提案で、三人は工場を見学することにした。
広い敷地を馬車で移動する。庭園を抜け、森を抜ける。
その向こうに、巨大な工場が現れた。
大きなガラス壁には、コンミフォラ家の紋章が浮かび上がっていた。
内部には銀色の管と透明な管が、縦横に走っていた。
透明な管の中を、白、深い青、紫、エメラルド、鮮やかな黄、マゼンタ、青緑――さまざまな色の液体が流れていく。
「すごい……」
ペルラはつぶやいた。
管の途中には細い銀線を編んだ網があり、液体はそこを通り抜けるたびに色合いを変えていく。漏斗もいくつも組み込まれていた。
別の管では、内側を細い銀線が螺旋を描くように走っていた。
高い天井からは、長さの異なる何本もの鎖が垂れていた。その先には大小の六角形のガラス容器が吊られ、振り子のようにゆっくりと揺れている。
別の区画では、細い銀板を連ねた搬送路が、規則正しく小さく上下していた。その動きに押されるように、瓶や箱が少しずつ前へ送られていく。
建物を出ると、その横には大型の荷馬車が次々と到着し、数珠繋ぎになっていた。材料を下ろしては、できあがった石鹸や洗剤、化粧品、薬品を積み、また出ていく。
「この奥は倉庫だけだね」
イグニスは手で奥を指した。
白い壁の大型倉庫が立ち並んでいた。いくつかの倉庫は、細い銀線で壁が縁取られていた。
工場から戻るころには、夕方になっていた。
しっかり夕食もごちそうになり、結局、コンミフォラ邸を出たのは夜だった。
◇
夜。
片付けをしながら、コンミフォラ邸の使用人たちが話していた。
「若様、ずいぶん楽しそうにお話ししてたわね」
「私、大笑いしてるところ初めて見ちゃった」
「見た見た」
「あれがペルラ様なのね」
「いいお友達ができてよかったわ」
「そうそう」
「ペルラ様のご主人って、あんな方なのね」
「優しそうだったわね」
「でも、うちの若様も結構いいわよね」
「そうよねえ」
「ご主人、アデュラリア家の騎士らしいわよ」
「あら、素敵!」
「それはモテるわ」
皆、納得した。
「まあ、ペルラ様も幸せそうだったものね」
「そうね」
「お二人、またいらっしゃるといいわね」
「本当に」
少し間が空いた。
「……でも、今度は早めに分かるといいけど」




