↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
142/144

142. ムーンストーン編⑨ コンミフォラ邸・中編

※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。

「若いお嬢さんって、何がお好きなのかしら」


コンミフォラ夫人は真剣な顔をしていた。その前には、執事、メイド長、コック長、庭師、それに夫人付きの侍女が集まっていた。


「うち、息子しかいないでしょう?」


一同は黙って聞いていた。


「何を用意したら喜んでくださるのか、よく分からないのよ」


夫人はしばらく考えた。


「あっ」


顔を上げる。


「王妃様のお茶会」


夫人付きの侍女を見た。


「この前、あなたも一緒に来たでしょう?」


「はい、奥様」


「若いお嬢さん方、皆さん喜んでらしたわよね。お花とか、お菓子とか」


「はい」


「きっとあんな感じね」


夫人はうなずいた。

侍女の表情が引き締まった。


「明日の朝でございますね」


「ええ」


メイド長とコック長がうなずいた。庭師も姿勢を正した。


「では、どんな感じだったか、みんなに教えてちょうだい」


「かしこまりました」


そこから、コンミフォラ邸は急に忙しくなった。

倉庫から大小の花瓶が運び出された。庭から花が集められ、足りないものは外へ手配された。広間には大きな装花が組まれ、卓上や窓辺には小さな花が次々と生けられていく。


「ここ、もう少し華やかでもいいんじゃない?」


「では、こちらの花を足しましょう」


「リボンもお願い」


厨房では、菓子の準備が始まった。

焼き菓子、ケーキ、タルト、果実のゼリー、砂糖菓子、チョコレート菓子、ナッツの菓子、冷たい乳菓、花を使った菓子。

広い厨房では、いくつもの作業台を使って準備が進められていった。


そのころ、離れの研究室にいたイグニスは顔を上げた。

窓の向こうを、何人もの使用人が行き来している。何か大きなものまで運んでいた。


「今夜はみんな、なんかバタバタしてるなあ……」


少し眺める。


「まあいいや。この実験終わったら寝よ」


夜も遅くなってから本邸へ戻ると、廊下の向こうから巨大な花飾りがやってきた。


「若様、失礼いたします!」


「え?」


「少々そちらをお空けくださいませ」


イグニスは横へ動いた。


「もう少しお願いいたします!」


「こう?」


「ありがとうございます!」


壁際まで追いやられた。巨大な花が通過していく。

その後ろから、大きな花瓶を抱えた別の使用人たちがやってきた。


「若様、恐れ入ります!」


「あ、ごめん」


イグニスは反対側へ避けた。


今日は本当に忙しそうだ。


◇


翌朝。


コンミフォラ夫人は早くから動いていた。装花を確認し、菓子を確認し、メイド長と玄関ホールを一周する。


食堂では、出来上がった菓子が次々と運び込まれ、大人数が並んで座れる長い食卓を埋め尽くしていった。


それから、自宅近くの検問所へ向かった。


「いつもご苦労様です」


夫人はにこやかに差し入れを渡した。


「今日、大事なお客様がいらっしゃるので、よろしくお願いしますね」


もちろん、検問を省けという意味ではない。

規則どおりに。ただし、手早く。


夫人が屋敷へ戻るころには、イグニス付きの従者は、いつもの大きな馬車でペルラたちを迎えに出ていた。


代わりに、イグニスの部屋には夫人付きのメイドたちが入っていた。


「若様、お召し替えを」


「こちらを向いてくださいませ」


「髪を整えますね」


寝起きのイグニスは、次々に伸びてくる手にされるがままになった。


朝食用の服に着替え終わり、食堂へ向かった。


朝食を終えると、今度は来客を迎えるための服に着替えさせられた。


「母に挨拶に来るんだから、僕は別にどうでもいいのでは……」


イグニスが小さく言ったが、誰も手を止めなかった。


身支度が終わると、イグニスは玄関ホールへ連れていかれた。


「あっ」


イグニスが足元を見た。装花から垂れていたリボンを踏んでいた。


「ごめん」


「大丈夫でございますよ、若様」


メイドは微笑みながら、すぐさまリボンを拾い上げた。頬がわずかに引きつっていた。

メイド長がやってきた。


「若様はこちらへ……」


玄関ホールの中央へ誘導される。


「え? なんかど真ん中で落ち着かないんだけど」


「やはり若様のご友人ですので、若様は真ん中で!」


メイド長は微笑んだ。


そこなら、花瓶もない。装花もない。リボンもない。倒しそうな家具もない。

完璧だった。


執事が入ってきた。


「奥様。そろそろ到着予定のお時間です」


「まあ、大変!」


夫人が立ち上がる。


使用人たちが一斉に動いた。


玄関、応接室、食堂、馬車の受け入れ。

茶器と菓子の最終確認。


館内に張り巡らされた銀線へ、次々と光が通った。その脇を走る細い透明管の中では、淡く光る液が流れていた。


館内には、いつの間にか穏やかな音楽が流れ始めていた。

音楽に合わせるように、細かな泡が大きくなったり密に集まったりしながら、絶えず形を変えていく。


応接室と食堂では、大きな窓ガラスに花の模様が浮かび上がった。

ピンクや青、金の花弁が幾重にも重なり、窓いっぱいに色と光が広がっていく。


使用人たちは、それぞれの持ち場についた。


◇


そのころ、ペルラとディアバスは、コンミフォラ家の大きな馬車に揺られていた。向かいにはイグニスの従者が座っている。


「広いねえ」


ペルラは、深く沈む柔らかな座席に腰かけながら車内を見回した。


「こんなに広くて、どうするの?」


「若様は車内でも本を読まれたり、お休みになったりなさいます。それから、研究のお品を運ぶこともございます」


「なるほど」


王都の外れへ近づいたところで、馬車が止まった。


窓の外には、王都守備隊の兵が立っていた。


ペルラとディアバスが顔を見合わせる。


「……何かあったんですか?」


「ああ、いつもいるんです。大丈夫ですよ」


「いつも?」


「はい」


検問は厳重だった。だが、驚くほど手際がいい。


間もなく馬車は再び走り出した。


最初の門を抜ける。両脇には守衛が立っていた。

その先には、広い道と森が続いている。


しばらく進むと、大きな黒い門が現れた。

馬車が近づくと、守衛が門を開けた。

さらに奥へ進む。


その先には、金で装飾された細い銀の柱が何本も並ぶ、大きな門があった。

馬車が近づき、守衛が合図をすると、並んだ銀の細柱が端から順に地中へ沈んでいった。波が走るように、門が開く。


その門を抜けると、ようやく巨大な邸宅が見えてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。