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138/144

138. ムーンストーン編⑤ タコ

※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。

その夜、ディアバスはヴィレンスと夕食をとっていた。


二人は時折、仕事を終えたあとに食事をしていた。

気軽な居酒屋のこともあれば、高級レストランのこともあった。

店を選ぶのは、たいていヴィレンスだった。


今日の店は、少し洒落た雰囲気の居酒屋だった。


ディアバスは手元のメニューを眺めた。


タコの炙り焼き。

豆ダコと豆の煮込み。

タコの揚げ物。

生タコの薄いスライス。

タコと芋の温かいサラダ。

タコの炊き込み飯。


ページをめくる。


スイートタコ 生クリーム添え。

タコのシャーベット。


「……この店、タコばっかりじゃねえか!」


向かいに座っていたヴィレンスが顔を上げた。


「だからタコ食べられるか前もって聞いただろ」


「まさかこんなにタコしかない店に連れてこられると思わなかった」


「仕方ないだろう。俺も初めて来たんだ」


ディアバスはメニューを閉じた。


「そういえば、お前と来る店って毎回初めてだよな」


「店の開拓が趣味なんだよ」


「……いいや、違うな」


ディアバスは首を振ると、ヴィレンスを指さした。


「これ、お前さては仕事だな?」


「そうそう。タコを食べるのが僕の仕事です」


ヴィレンスは炙ったタコを一切れ口に入れた。


「……」


「今日は奢るよ」


ヴィレンスはニッコリ笑った。


「毎回奢れ」


「ダメ」


ディアバスもタコの炙り焼きに手を伸ばした。


「そうだ。結婚式の日が決まった。来てくれるか?」


「ああ」


「ありがとう」


「ついにか」


「うん、ついにだ」


◇


食事を終え、ディアバスが椅子から立ち上がった。


ビリッ。


「あ」


ディアバスが小さく声をあげた。


ヴィレンスが振り返る。


「どうした」


「ズボンの尻が破れた」


椅子から出ていた釘の頭に引っかけたらしい。


「俺の家、近いから来るか? 針と糸貸すよ」


「いいのか? 助かる」


店を出て、ヴィレンスのあとについてしばらく歩いた。


大通りを外れたところで、ヴィレンスは建物に入った。


「ここ?」


「ああ。五階」


「五階?」


ヴィレンスは軽快に階段を駆け上がっていった。


二階、三階、四階、五階。


ディアバスも体力はある方だが、五階に着いた頃には、さすがに息が少し上がっていた。


「……お前、毎日これ上ってるのか」


「ああ」


ヴィレンスは涼しい顔で鍵を取り出した。


「ここだ」


扉を開ける。


「入って」


「お邪魔します」


ディアバスは中へ入った。


部屋はそれほど広くなかった。

窓際の一部だけ、天井が屋根に沿って斜めに低くなっている。

簡素な家具と、生活に必要なもの。

近衛の星の蔦も、部屋の一角に置かれていた。


そして、一面の壁に棚があった。


人形が並んでいた。


「…………」


ディアバスは立ち止まった。


珍しいものではない。

店でよく売られている、工場の機械で作られた安価な人形だった。


ただ、多い。


三十体――いや、もっとあるかもしれない。


しかも、全部同じだった。


「ヴィレンス」


「何だ」


「この人形は……?」


ヴィレンスも棚を見た。


「ああ。並んでると、いい感じだろ」


「……そ、そうかもしれないな」


ディアバスは頷いた。


ヴィレンスが針と糸を持ってきた。

ディアバスは破れたところを縫い始めた。普段から繕い物をしているので、手際がいい。


ヴィレンスは手持ち無沙汰になったのか、少し離れたところで筋力訓練を始めた。


人形の並ぶ部屋。

客は縫う。家主は体を鍛える。

不思議な時間だった。


ディアバスはすぐに縫い終わった。


「ありがとう。じゃ、帰るわ」


「うん」


「じゃ、またな」


「うん、また」


ヴィレンスが扉を開ける。


「大通りまで送ろうか」


「道は分かるから大丈夫だ」


「そうか」


ディアバスは廊下へ出た。


ヴィレンスが扉を閉めた。

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