138. ムーンストーン編⑤ タコ
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
その夜、ディアバスはヴィレンスと夕食をとっていた。
二人は時折、仕事を終えたあとに食事をしていた。
気軽な居酒屋のこともあれば、高級レストランのこともあった。
店を選ぶのは、たいていヴィレンスだった。
今日の店は、少し洒落た雰囲気の居酒屋だった。
ディアバスは手元のメニューを眺めた。
タコの炙り焼き。
豆ダコと豆の煮込み。
タコの揚げ物。
生タコの薄いスライス。
タコと芋の温かいサラダ。
タコの炊き込み飯。
ページをめくる。
スイートタコ 生クリーム添え。
タコのシャーベット。
「……この店、タコばっかりじゃねえか!」
向かいに座っていたヴィレンスが顔を上げた。
「だからタコ食べられるか前もって聞いただろ」
「まさかこんなにタコしかない店に連れてこられると思わなかった」
「仕方ないだろう。俺も初めて来たんだ」
ディアバスはメニューを閉じた。
「そういえば、お前と来る店って毎回初めてだよな」
「店の開拓が趣味なんだよ」
「……いいや、違うな」
ディアバスは首を振ると、ヴィレンスを指さした。
「これ、お前さては仕事だな?」
「そうそう。タコを食べるのが僕の仕事です」
ヴィレンスは炙ったタコを一切れ口に入れた。
「……」
「今日は奢るよ」
ヴィレンスはニッコリ笑った。
「毎回奢れ」
「ダメ」
ディアバスもタコの炙り焼きに手を伸ばした。
「そうだ。結婚式の日が決まった。来てくれるか?」
「ああ」
「ありがとう」
「ついにか」
「うん、ついにだ」
◇
食事を終え、ディアバスが椅子から立ち上がった。
ビリッ。
「あ」
ディアバスが小さく声をあげた。
ヴィレンスが振り返る。
「どうした」
「ズボンの尻が破れた」
椅子から出ていた釘の頭に引っかけたらしい。
「俺の家、近いから来るか? 針と糸貸すよ」
「いいのか? 助かる」
店を出て、ヴィレンスのあとについてしばらく歩いた。
大通りを外れたところで、ヴィレンスは建物に入った。
「ここ?」
「ああ。五階」
「五階?」
ヴィレンスは軽快に階段を駆け上がっていった。
二階、三階、四階、五階。
ディアバスも体力はある方だが、五階に着いた頃には、さすがに息が少し上がっていた。
「……お前、毎日これ上ってるのか」
「ああ」
ヴィレンスは涼しい顔で鍵を取り出した。
「ここだ」
扉を開ける。
「入って」
「お邪魔します」
ディアバスは中へ入った。
部屋はそれほど広くなかった。
窓際の一部だけ、天井が屋根に沿って斜めに低くなっている。
簡素な家具と、生活に必要なもの。
近衛の星の蔦も、部屋の一角に置かれていた。
そして、一面の壁に棚があった。
人形が並んでいた。
「…………」
ディアバスは立ち止まった。
珍しいものではない。
店でよく売られている、工場の機械で作られた安価な人形だった。
ただ、多い。
三十体――いや、もっとあるかもしれない。
しかも、全部同じだった。
「ヴィレンス」
「何だ」
「この人形は……?」
ヴィレンスも棚を見た。
「ああ。並んでると、いい感じだろ」
「……そ、そうかもしれないな」
ディアバスは頷いた。
ヴィレンスが針と糸を持ってきた。
ディアバスは破れたところを縫い始めた。普段から繕い物をしているので、手際がいい。
ヴィレンスは手持ち無沙汰になったのか、少し離れたところで筋力訓練を始めた。
人形の並ぶ部屋。
客は縫う。家主は体を鍛える。
不思議な時間だった。
ディアバスはすぐに縫い終わった。
「ありがとう。じゃ、帰るわ」
「うん」
「じゃ、またな」
「うん、また」
ヴィレンスが扉を開ける。
「大通りまで送ろうか」
「道は分かるから大丈夫だ」
「そうか」
ディアバスは廊下へ出た。
ヴィレンスが扉を閉めた。




