136. ムーンストーン編③ アデュラリア邸・後編
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
翌日、ペルラとディアバスはアデュラリア邸を訪れた。
王宮からほど近い一角に、アデュラリア家の広大な本邸があった。
通りに面した門には、アデュラリア家騎士団の騎士が立っている。
門を抜けると、外の喧騒が遠ざかった。
建物は大きな中庭を囲むように造られている。人の出入りはあるのに、屋敷の中は不思議なほど静かだった。
使用人の案内で玄関へ向かうと、ユーカリが待っていた。
「ようこそ」
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
ディアバスが頭を下げた。
ペルラもそれに続いた。
「こちらへ」
ユーカリは二人を応接室へ案内した。
中庭に面した大きな窓から光が入り、外には整えられた植栽が見える。
三人が席につく。
部屋の端には、使用人と、この日のユーカリの護衛を務める騎士が控えていた。
使用人が茶を運び終えるのを待って、ディアバスは持参した封筒を差し出した。
「今日は、これをお渡ししたくて」
ユーカリが受け取った。
「ありがとう」
封を開き、中の招待状に目を通す。
「アーバス・セルドの結婚式ね」
「はい」
少しして、ユーカリは顔を上げた。
「出席するよ」
「ありがとうございます」
ディアバスとペルラは頭を下げた。
ユーカリは招待状をテーブルに置いた。
「まあ、色々あると思うけど、頑張って」
「はい」
ディアバスが答えた。
ユーカリは一口お茶を飲んだ。
「ああ。もう、すでに色々あったか」
「ええ、まあ、そうですね……」
「何かあれば、遠慮なく言って?」
ユーカリはペルラを見た。
「アーバスの仕事を調整するから」
「ありがとうございます」
ペルラの身に危険が及びそうなら、アーバスをそばに置く。そのための申し出だった。
それから式の日取りや当日の予定について、いくつか話をした。
部屋の端に控えていた使用人と騎士は、三人のやり取りを黙って聞いていた。
アーバス・セルド。
屋敷の者たちがアーバスの名を知ったのは、彼がアデュラリア家騎士団に入ってからだった。
剣の腕は確かだった。
腕だけを見れば、近衛でもやっていけそうだった。
だが、近衛に入るには、無名のセルド男爵家では家格が足りないのだろう。
一方、王都守備隊には、ペルラの兄ベルデ・ベトーラが副隊長として勤務している。
義理の兄と同じ職場では、何かとやりにくいものだ。
そう考えれば、アデュラリア家騎士団を選んだことにも納得がいく。
それにしても、ユーカリはアーバスをずいぶん気にかけている。
今日も、次期アデュラリア公爵であるユーカリが、男爵夫妻を自ら玄関で迎えた。
男爵家の者に対する扱いとしては、ずいぶん丁重だった。
だが、アーバスはユーカリの専属護衛だ。普段からそばに置いている騎士だからこその特別扱いなのだろう。
一方、ペルラ・ベトーラの名は、屋敷の者たちも以前から知っていた。
ベトーラ伯爵家の令嬢。
兄のベルデは王都守備隊副隊長。
身元の確かさという点では、アーバスとは比べるべくもない。
そして、ペルラが遠いバサルクへ渡り、王太子と婚約し、その婚約を解消したことも知られていた。
そのペルラが帰国し、今度は一介の男爵と結婚する。
ユーカリも言っていた。
――まあ、色々あると思うけど、頑張って。
――もう、すでに色々あったか。
やはり、身分違いの恋は、簡単なことではないのだろう。
世間に負けずに頑張ってほしい。
使用人も騎士も、いつの間にかそんな気持ちになっていた。
それに、もう一つ気になることがあった。
――何かあれば、遠慮なく言って?
あのとき、ユーカリはペルラを見ていた。
――アーバスの仕事を調整するから。
結婚したばかりの夫婦である。
もしかして、もう子供が生まれる予定でもあるのだろうか。
もしそうなら、めでたいことだった。
ほどなくして、ディアバスとペルラは席を立った。
「それでは、当日に」
「はい。本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「気をつけて」
ユーカリはいつもと変わらない様子で二人を送り出した。
帰りも、使用人が二人を案内した。
長い廊下を進み、階段の前まで来る。
「この先、階段ですので、お足元にお気をつけください」
「?」
ペルラは使用人を見た。
「は、はい。ありがとうございます」
来るときにも通った階段だった。
幅も広く、手すりもある。
ペルラは少し不思議そうにしながら、ディアバスと並んで階段を下りた。




