132. ムーンストーン編① 仕事
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
コンミフォラ家の船でムーンストーンへ戻ってから、数日が経った。
ようやくバサルクへ帰ったと思ったのに、またここにいる。
ディアバスとしては、なんとも複雑だった。
その日、ヴィレンスがベトーラ伯爵邸を訪ねてきた。
ムーンストーンへ戻ってから顔を合わせるのは、これが初めてだった。
玄関に出たディアバスは、少し意外そうにヴィレンスを見た。
「今日はどうしたんだ? しかも正面玄関から……」
「話がある」
ディアバスはヴィレンスを応接室へ通した。
向かいに座ると、ヴィレンスは懐から一通の封筒を取り出した。
ヴィレンスは、イタズラっぽくニヤッとした。
「これ、結婚祝い」
「ありがとう。さすが情報が早いな」
ディアバスは封筒を受け取り、中の手紙を取り出した。
最初の数行を読んだところで、顔を上げる。
「アデュラリア家騎士団?」
ディアバスは手紙とヴィレンスを見比べた。
「……俺が?」
ヴィレンスは無言で頷いた。
ディアバスはもう一度、手紙に目を落とした。
アデュラリア家騎士団なら知っている。
王都に本拠を置く名門騎士団で、王家との関係も深い。入団は狭き門だ。
しかも手紙には、自分の名前と、面談の日時まで書かれている。
「これは何だ?」
「殿下に頼んだ」
ディアバスは手紙から顔を上げた。
「シナモン殿下に?」
ヴィレンスはシナモンの護衛だ。
ヴィレンスは無言で頷いた。
「え!? シナモン王太子殿下が俺をアデュラリア家騎士団に推薦したってこと? お前の頼みで?」
ヴィレンスはまた頷いた。
ディアバスは改めて手紙を見た。
「じゃあ、これは採用試験の日時なのか?」
ヴィレンスは黙った。
「何をするんだ?」
また黙った。
今度は、少し困ったような顔をしている。
「面接とか実技とかあるだろう?」
「俺はなかった」
ディアバスは眉をひそめた。
――お前の職種と採用ルートがおそらく特殊すぎるんだよ。
「お前の話は聞いてない」
ディアバスは頭を抱えた。
ベルデなら、こういう知識があるだろうか……?
ディアバスが手紙を見ながら困惑している横で、ヴィレンスは紅茶のポットを手に取った。
自分のカップに一杯注ぎ、皿に載っていたマドレーヌを一つ取る。
ディアバスが焼いたものだった。
ヴィレンスは何事もなかったようにマドレーヌを食べ、紅茶を飲み終えると、カップを置いた。
「じゃ」
「ちょっと待て!じゃ、じゃないだろ!」
ヴィレンスはそのまま帰っていった。
◇
数日後。
ディアバスはアデュラリア家騎士団本部を訪れ、案内された部屋でユーカリと向かい合っていた。
結局、実技試験らしいものはなかった。
「事情は聞いているよ」
ユーカリは穏やかに言った。
机の上には、シナモン王太子の署名が入った書類が置かれていた。
「シナモン王太子殿下から推薦を受けている。父上とも相談したけれど、こちらとしても異存はない」
ディアバスは姿勢を正した。
「ありがとうございます」
ユーカリは少し笑った。
「ただ、君の場合、普通の新人とまったく同じ扱い、というわけにはいかないね」
「……はい」
「騎士団には所属してもらう。ただ、当面は僕の護衛を中心に動いてもらおうと思っている」
「ユーカリ様の?」
「僕は王宮へ行くことも多い。ディアバス殿下には、その方が都合がいいだろう?」
一瞬、ディアバスは黙った。
確かに、その通りだった。
自分は今も、ムーンストーン王国に人質として置かれている。
ユーカリの護衛として王宮へ頻繁に出入りしていれば、王家への顔見せも自然に済む。
「承知しました」
「もちろん、護衛として使えない人間を置くつもりはないよ」
ユーカリがさらりと言った。
「ヴィレンスが腕を保証している。僕はそれを信用している」
ディアバスは少し驚いた。
あいつ、そんなことまで言っていたのか。
「期待を裏切らないよう努めます」
「うん」
「では、よろしく。アーバス・セルド」
ユーカリは書類をディアバスに差し出した。




