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131/144

131. 海の離宮編(41) 玉座

※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。

バサルク王国では、もうすぐ日が暮れようとしていた。


王宮の玉座の間の大扉の前には、近衛が二人立っていた。


オーニチェとディアバスが近づくと、近衛たちは左右に分かれ、重い大扉を開いた。


二人が中へ入る。


背後で扉が閉じた。


広い玉座の間には、二人のほかに誰もいなかった。


正面には、バサルク王の玉座がある。


その横の壁一面を覆うように、歴代の王の名を刻んだ木札が並んでいた。


数段の壇の上に、大小さまざまな木札が置かれている。

厚みも、使われている木も少しずつ違った。

黒く艶を帯びた古いものもあれば、まだ木肌の明るいものもある。


一つ一つの前には、小さな火が灯っていた。


高い天井からは、水晶を組んだ香炉がいくつも吊られている。


細い香煙がゆるやかに昇り、深い森を思わせる香りが漂っていた。


二人は木札の前まで歩いた。


並んで立ち、深く頭を下げる。


しばらくそのままでいた。


やがて顔を上げると、木札の前の床に並んで座った。


明日、ディアバスはムーンストーンへ帰る。


本来なら、こんな形にはならないはずだった。


バサルクはムーンストーンの属国だ。


王位の継承にも、宗主国であるムーンストーンの承認を必要とする。


ペルラとオーニチェが結婚すれば、その引き換えに、ムーンストーンはオーニチェの王位継承を認めるはずだった。


ディアバスの人質としての立場も、それで終わることになっていた。


長く続いた拘束から解かれ、その後どこで、どう生きていくのかを、自分で決められるようになるはずだった。


だが、その結婚はなくなった。


ペルラはディアバスと結婚した。


そしてディアバスは、三歳の時と同じく人質として、再びムーンストーンへ向かう。


オーニチェの王位継承も、認められないまま残った。


父王はまだ王位にある。


その跡を継ぐはずなのは、王太子であるオーニチェだった。


だが、ディアバスもまた、王位を継ぐことのできるバサルクの王子だ。


しかも今は、ムーンストーン貴族のペルラを妻にしている。


ムーンストーンにとっては、オーニチェよりディアバスが王になった方が都合がいいかもしれない。


本人たちの希望とは裏腹に、いつか二人が王位を巡って敵になる可能性さえあった。


二人は無言で、歴代の王の名が並ぶ壁を見ていた。


やがてオーニチェが髪に手をやった。


細い金の簪(かんざし)を抜く。


長い黒髪が、肩から背へ流れ落ちた。


ディアバスは兄を見た。


髪を下ろした姿を見るのは、初めてだった。


バサルクへ来てから、兄はいつも王太子として人前に立っていた。


オーニチェは腰から短刀を抜いた。


髪を一房取り、刃を当てて切る。


懐から紙を取り出すと、その上に切った髪を置いた。

丁寧に包み、ディアバスへ差し出す。


「持っていけ」


ディアバスは包みを見た。


それから、兄を見た。


「……兄上」


ディアバスは両手で受け取った。


次に会えるのがいつになるのかは、誰にも分からない。


これが最後になるかもしれなかった。


どちらかが死んだとき、もう一人がその傍らにいられるとも限らない。


ディアバスは包みを懐にしまった。


それから、自分の髪を結っていた紐を解いた。


髪を下ろし、腰の短刀を抜く。


一房を切ると、同じように紙で包んだ。


「兄上も」


「ああ」


オーニチェは受け取った。


二人はまた、しばらくそこに座っていた。


木札の前で、小さな火が揺れている。


オーニチェは受け取った包みを懐にしまった。


それから髪をまとめ、細い金の簪を差し直す。


ディアバスも髪を結い直した。


オーニチェが立ち上がった。


「そうだ」


ディアバスが顔を上げる。


オーニチェは木札の並ぶ壁の端へ歩いていった。


壁の一部に手を当て、押す。


壁が、くるりと回った。


その向こうに、人一人が通れるほどの暗い通路が現れた。


灯りはない。


奥は何も見えなかった。


ディアバスも立ち上がって、覗き込む。


「……何これ?」


「かくれんぼの時使うと便利だぞ」


オーニチェは暗い通路を指した。


「裏の水路に出る。濡れるからな。使うなら着替えを持っていけよ」


オーニチェは笑うと、壁を押した。


壁が再びくるりと回る。


暗い通路は消え、そこには何事もなかったように、歴代の王の名を刻んだ木札が並んでいた。


オーニチェは振り返ると、ディアバスの肩を叩いた。


「さあ、夕食だ! 今夜はお前とペルラの好物を用意させたぞ」


オーニチェは扉の方へ向かった。


ディアバスも後に続いた。


大扉が開いた。

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