125. 海の離宮編(36) 到着
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
数日後。
ムーンストーン王国から、コンミフォラ家の船がバサルク王国に到着した。
船から降りてきたのは、ペルラの兄、ベルデ・ベトーラだった。
長旅を終えたベルデは、その日のうちにオーニチェたちから、これまでの経緯について説明を受けていた。
「以上が、我が国からお伝えしておくべきことです」
オーニチェがそう締めくくった。
「承知いたしました」
ベルデはうなずいた。
ペルラの体調について。
王宮で起きた襲撃と、その後の経過。
オーニチェとの婚約解消。
そして、ディアバスとの婚姻と、二人がムーンストーンへ戻った後のこと。
必要な話は、ひととおり終わった。
同席していた者たちが一礼し、順に部屋を出ていく。
オーニチェも次の公務があると言って席を外した。
部屋には、ベルデとペルラ、ディアバスだけが残った。
しばらく沈黙が続いた。
「……で」
ベルデが口を開いた。
「どうしてこうなった?」
ディアバスが黙った。
ペルラも黙った。
「お前たちはペルラとオーニチェ殿下の婚姻を成立させるためにバサルクへ来たはずなんだが」
「はい」
「なんで俺が迎えに来たら、お前たちが結婚することになってるんだ?」
「いろいろありまして……」
ディアバスがおとなしく答えた。
「いろいろの中身が、手紙ではよく分からなかったんだよ」
「すみません……」
ベルデは大きく息を吐いた。
「まあ、いい。結婚については、もう陛下にも異存はないと申し上げた。今さら反対する気はない」
「ありがとうございます」
ペルラの顔がほころんだ。
「ペルラ。
俺は、お前には安定した金持ちの男と結婚してほしかったんだ」
ベルデは真面目な顔でペルラに向き合った。
「妹として。貴族令嬢として」
「お兄様……」
ペルラの目にうっすら涙が浮かんだ。
「ぐうたら引きこもり生活力ゼロ人間として」
「お兄様……?」
ペルラの声に抗議が混じった。
ディアバスは下を向いて笑いをこらえた。
「笑うな、ディア。次はお前だ」
「俺?」
「お前、よくもペルラと結婚しようなんて思ったな」
「だって好きだから」
「そういう話をしてるんじゃねえ!」
ベルデは机を叩いた。
「安定もねえ、仕事もねえ、領地もねえ。
ないない三点セットのくせに、これからどうやってペルラと暮らしていくつもりなんだ?」
「それは……これから考えます!」
ベルデはため息をついた。
「お兄様、私も頑張りますわ!」
ペルラが明るく言った。
「……何を?」
「それはこれから考えますわ」
「お前ら! 普通は結婚する前に考えるものなんだよ!」
そのとき、扉が開いた。
「失礼いたします」
ピレイがお茶を運んできた。
「あっ、これはこれは。お気遣いいただき、ありがとうございます」
ベルデはすぐに姿勢を正した。
「長旅でお疲れでしょう」
「いやあ、ありがたいです」
ピレイは三人の前に茶を置いた。
「お二人はもう、我が国の王子ご夫妻です。お困りの際には、バサルク王家としてもお力添えいたします」
「それは心強い。ありがとうございます」
「常々、心の底よりお力になりたいと思っておりますよ」
ピレイはベルデを見て微笑を浮かべた。
「もっとも、バサルク王家は、残念ながら、栄光の大ムーンストーン王家のような財政事情ではございませんが。フフフ」
ベルデもピレイを見て笑った。
「ご謙遜を。
ディアバス殿下の豪快な食べっぷりをご覧になりましたか? こちらも殿下のために頑張らないと、という気持ちにさせられますね。ハハハ」
「それはそれは。長年、大切にしていただきまして、ありがとうございます。フフフ」
「いえいえ。もう何年になりますかねえ。ハハハ」
「フフフ」
「ハハハ」
ピレイもベルデも、目は笑っていなかった。
「……」
ディアバスは黙って茶をすすった。
ピレイが茶器を整えている横で、ベルデはディアバスに顔を寄せて小声で言った。
「だいたい、お前は一人でペルラ三人分くらい食ってるんだよ……分かってるのか?」
「ペルラが三人……」
ディアバスの顔が緩んだ。
「何をにやけてるんだ? 気持ち悪い奴だな」
「三人もいたら、誰がディアと結婚するか困っちゃうね」
ペルラが楽しそうに笑った。
「大丈夫だよ。どのペルラも好きだ」
「ディア……」
「ペルラ……」
ディアバスとペルラは見つめ合った。
「あのー、もしもし?」
ベルデが二人の間で手を振った。
「お前らの家計プラン、話してみろよ?」
ベルデは頭を抱えた。
「ああ、二人とも戻ってくるとは予想外だった……。せめて一人ずつなら……」
「一人ずつって、どういう状況ですか?」
ディアバスが首をかしげた。
「俺がバサルクに残って、ペルラだけ帰るとか?」
「……」
「ペルラがバサルクに残って、俺だけ帰るとか?」
「……」
「どっちもないですよね」
「ある!」
ベルデが顔を上げた。
「ペルラが俺の家に戻ってきて、お前が他の女性と結婚する場合だ!」
「なるほど。思いつかなかった」
ディアバスがうなずいた。
「逆だってあるぞ!」
「逆?」
「ペルラがミリスとかと結婚して、お前だけ我が家に戻る場合だ」
「うわあああああ……」
ディアバスは両手で耳を塞いだ。
そこへ、オーニチェが戻ってきた。
手には菓子の入った紙袋を持っていた。
「何の話をしてるんだ?」
ベルデは、ピレイと、入ってきたばかりのオーニチェを胡乱な目で見た。
「お二人も、ミリスのこと、いいと思ったんじゃないですか?」
突然の質問に、オーニチェは慌てふためいた。
「いや、確かにすばらしい人物のようだったが、何というか、それとこれは別というか……なっ、ピレイ?」
「はい」
ピレイはにこやかにうなずいた。
「私は、ディアバス殿下の、あきらめないお気持ちがいいと思いました」
ピレイはオーニチェの持つ紙袋から菓子を一つ取り、口に入れた。
「安定性と将来性は? 手持ちの財産は? 剣は? 乗馬は? ダンスは? 読書は? 音楽は? 字のきれいさは?」
ベルデは矢継ぎ早に言った。
「字のきれいさまで……?」
ディアバスはタジタジになった。
「とにかく、もう決まったことですから。よろしくお願いします」
ピレイがディアバスに援護射撃を送った。
ディアバスは急に何か思いついたらしく、声を張り上げた。
「で、でも俺には剣があるから!」
ベルデは一瞬、動きを止めた。
「剣だと?」
ベルデの笑顔が怖い。
「お、俺、バサルクに来てから結構練習したんです」
「ほう? ムーンストーン王立軍王都守備隊副隊長様に向かって、いい度胸だな?」
「いえっ、そういうわけでは……ま、間に合ってます……」
「優しい副隊長様が、お前の練習の成果とやらを見てやろう!」
ベルデは剣を抜いて構えた。
「いくぞ!」
「え? ウソ?! 今? ここで??」
ベルデとディアバスの、互角の打ち合いが続く。
「悪くないな」
剣が切り裂く風の音に混じって、ベルデの呟きが聞こえた気がした。
ベルデが間合いを外す。
「待て!」
ディアバスが追う。
その瞬間、ベルデは身を翻した。
オーニチェの後ろへ、さっと隠れる。
「えっ、ちょ、止まれない!」
ディアバスが慌てて剣筋を逸らした。
剣先が、オーニチェの手にしていた菓子の紙袋を切り裂いた。
中身が盛大に飛び散った。
「兄上ッ」
オーニチェが菓子と粉糖だらけになった。
ディアバスはその場に座り込んだ。
「こっわ! 兄上を斬るかと思った」
ベルデが、オーニチェの後ろから、澄ました顔で立ち上がった。
ベルデは菓子を避けたようだ。
「反応が遅い。まだまだだな」
ベルデは剣を鞘に納めた。
オーニチェは固まったままだった。
「これは大変だ。王太子暗殺未遂事件ですね」
ピレイはそう言うと、床に落ちず無事だった菓子をもう一つ口に放り込んだ。




