121. 【閑話】厨房
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
離宮の厨房で、ディアバスはパン生地をこねていた。
その横のオーブンでは、肉を焼いている。
様子を見に来たオーニチェは、しばらく黙ってディアバスの手元を見ていた。
「お前、本当に料理ができるんだな」
「今さらですか?」
ディアバスは手を止めずに言った。
「ペルラの好物はだいたい作れますよ」
オーニチェは厨房の端の椅子に座った。
「料理人はいたり、いなかったりだった、と言っていたな」
「そうですね。
ベルデ様も忙しかったですからね。
ベトーラ卿夫妻が亡くなってからは、特に。
ペルラは幼かったですし。
だから、だいたい僕が食事を作っていました」
オーニチェの表情が少し変わった。
「ペルラ様は、戦争のことをあまり知らずに育ったのだろう?」
「はい。
僕がベトーラ家へ連れて行かれた時、ベルデ様はもう大きかったので、ベトーラ卿から事情を聞いていたそうです。
でも、ペルラは僕が来たあとに生まれました」
ディアバスは少し笑った。
「最初は、僕のことを本当の兄だと思っていたんです」
「途中で、お前が人質だとは知った?」
「はい。
ムーンストーンとアルマンディンの間で大きな戦争があったことも聞いていました。
でも、その二つが頭の中では結びついていなかったんだと思います」
「それ以上の説明を聞く前に、両親が亡くなったか」
「そうです」
ディアバスはパン生地をまとめた。
「ベルデ様も、すぐそのあと王都守備隊へ入って、急に忙しくなりました。
僕も……ペルラに詳しく話すことはありませんでした」
「責めているんじゃない。
ただの確認だ」
「はい」
少しの間、厨房にはオーブンの火の音だけが聞こえた。
オーニチェが口を開いた。
「ベトーラ卿夫妻は、王都の郊外から戻る途中で襲われたのだったな」
「はい。
知り合いの家を訪ねた帰りだったそうです。
賊は結局捕まりませんでした」
「詳しいことは分からないままか」
「僕はベルデ様にそう聞いています」
オーニチェは少し黙った。
「以前、お前のことを調べた時に、ベトーラ家の移転歴も確認した」
「移転歴?」
「お前を引き取ってから、住まいを変える回数が明らかに増えている」
ディアバスは黙った。
「ベトーラ家自身が危険を感じていたのか。
それとも、ムーンストーン王家から何か指示があったのか。
そこまでは分からない」
「……僕がいたから?」
「それも分からない」
オーニチェは静かに言った。
「そもそも、ベトーラ卿夫妻を襲った賊とアルマンディンの残党を結びつける証拠は、公式には何もない。
ただの物盗りだったのかもしれない。通り魔だったのかもしれない」
「……はい」
「だが、お前のせいではない。
断じて違う」
ディアバスはオーニチェを見た。
「仮に万が一、お前の存在が何か関係していたとしても、お前をムーンストーンへ連れ去ったのはムーンストーン王国だ。
こちらは、お前の身辺に危険が及んだことを抗議してもいいくらいだ」
「兄上……」
「それに、ベルデ様は若くして王都守備隊で出世し、今では副隊長だ」
「ベルデ様は優秀ですから」
「もちろん、それが一番の理由だろう」
オーニチェはうなずいた。
「だが、王家の意向が全く働かなかったとも思えない。
代々王家の信任が厚い家の者が、王家に命じられた仕事のあとに命を落とした。
その跡継ぎに何らかの配慮があっても不思議ではない」
ディアバスは少し考えた。
「それに、王都守備隊の幹部ともなれば、自宅周辺は通常より手厚く巡回される……」
「そういうことだ」
ディアバスはオーブンから肉を取り出して、切り分け始めた。
「使用人が極端に少なかったのは、ベトーラ家が人を入れるのを警戒していたからか、引っ越し貧乏なのか……」
オーニチェはその手元を眺めた。
「……それにしても、おいしそうに焼けているな。
実は、朝から忙しくて、ろくに食べていないんだ。お腹が空いたよ」
「まあ、余分はありますけど……
食べて行きますか?」
「いいか?
私は、たまねぎソースが好きなんだ」
「……ペルラはフルーツソースが好きなんです」
「果物好きだもんな」
「だから、今日はグアバソースです」
「グアバ?」
ディアバスは赤っぽいソースの器をオーニチェの前にドン!と置いた。
甘酸っぱい香りがした。
「嫌な人はこっちです」
ディアバスは、ソースの器の隣に、塩の大きな壺をドン!と置いた。
「さあ、どっちを食堂に持って行きますか?」
「たまねぎソース……」
「ありません!」




