120. 海の離宮編(32) 応接室
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
離宮の応接室に入ると、オーニチェとピレイが待っていた。
「兄上、お待たせしました」
「おっ、ディア。来たか」
オーニチェは返事をすると、ディアバスの顔をしげしげと見た。
「……何ですか、いきなり」
「顔色がいいじゃないか。
最近、ペルラは落ち着いているのか?」
「おかげさまで。
先日、封鎖された部屋も見せてもらって、少し気持ちが整理されたみたいです」
「あれな」
オーニチェはため息をついた。
「外国との交渉より緊張したぞ」
「そうでしたか。
助かりました」
「そうでしたか、じゃない」
オーニチェは、むっとした顔をした。
「私にばかり喋らせて、お前達だけ最後はいい雰囲気になって」
ピレイが無言でオーニチェの前にお茶を置いた。
「……兄上、感謝してます」
ディアバスは笑った。
「よくよく感謝するように」
オーニチェはお茶を一口飲んだ。
「それで、ミリス様の謁見願いだが。
ペルラも会うと言っていたんだな?」
「はい……」
「では、そのように返事をしておく」
オーニチェはディアバスを見た。
「……お前、すごく嫌そうだな」
「ミリス様はいい人なんです」
「じゃあ、いいことじゃないか」
「だから嫌なんです!」
「嫉妬は見苦しいぞ」
「嫉妬じゃなくて防衛本能です!」
「そうかそうか」
オーニチェは適当にうなずいた。
「でも、この謁見は第二王子としての仕事だ。
そう思え」
「……仕事?」
「結婚祝いを持って来るそうだが、それだけではないだろう」
オーニチェは机の上の書状を指先で叩いた。
「お前も知っている通り、ミリスは今、交代船団の軍務中だ」
「はい」
「本来、交代船団はバサルクでは物資を補給するだけで、人の乗り降りはない。
それなのに、ミリスはわざわざ一時下船して、お前達に会いに来る」
ディアバスは謁見願いに目を落とした。
「……結婚祝いのためだけではない?」
「そう考える方が自然だろうな。
そもそもミリスは、ムーンストーン王がペルラとの縁談を仲介しようとしていた相手だ。
王からの評価も信頼も、それなりに高いと見ていい」
オーニチェはお茶に手を伸ばした。
「その縁談がなくなった今も、軍務の途中でわざわざ会わせる。
アルモンドもヴィレンスも、とっくにムーンストーンへ帰った。
今のバサルクには、ムーンストーン王へ直接お前達の様子を報告する者がいない」
「なるほど」
「ペルラが体調を崩し、私との婚約がなくなったことは、ムーンストーンの中央貴族の間でも話題になっているだろう。
その後、ペルラがバサルクでどう扱われているのか。
お前との関係はどうなっているのか。
ムーンストーン王が、信頼できる者に直接様子を確かめさせたいのも当然だ」
オーニチェはディアバスを見た。
「それに、お前がここで第二王子としてどう扱われているか、ムーンストーン側で知る者が少しはいた方がいい。
いざという時、お前の身を守ることにもつながる」
ディアバスはもう一度、謁見願いを見た。
「王がミリス様に、直接見て来いと」
「おそらくな」
オーニチェは少し笑った。
「ミリスからムーンストーン王に、今のお前達をしっかり報告してもらわなくてはな」
オーニチェはお茶をゆっくり飲んだ。
しばらくして、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、ペルラのあの髪はどうしたんだ?」
「あー……」
ディアバスは目をそらした。
「ペルラが自分で切っちゃったんです」
「自分で?」
「はい」
「お前、なんで止めなかったんだ?」
「止めるヒマがなかったんですよ。
鋏を渡したと思ったら、あっという間に」
オーニチェは額に手を当てた。
「中途半端に切れたままの髪を見ると襲撃を思い出すから、嫌だったんだそうです」
「気持ちは分かるが……」
オーニチェは難しい顔をした。
「あのままミリス様に会わせたら、バサルク宮廷の評判が地に落ちるぞ。
ムーンストーン人の長い髪へのこだわりは、相当なものだと聞いている」
「それが、ペルラはもともと髪にあまり興味がなくて……。
僕も社交界で問題になると思ったんですが」
「ペルラの話じゃない。一般論だ」
オーニチェは指先を机にトントンと打ちつけた。
「バサルク宮廷がムーンストーンでどう見られるかという話だ。
だいたい、ペルラはお前と結婚してもいいと言うくらい特殊な女性なんだから、参考にならない」
「兄上、ひどい……」
ディアバスは吹き出した。
「笑い事じゃないぞ。
とにかく、あれは隠さないと」
「鬘でしょうか?」
「ミントグリーン色の髪の鬘なんて、バサルクではすぐには用意できないぞ。
代わりにお前の髪を切ってもらえばよかったんだ。
ペルラも何もしないよりはスッキリしただろう」
「無茶言わないでください。
だいたい、僕の髪が短くなったら、僕がミリス様に変な目で見られるじゃないですか」
「お前は黒い毛糸玉でも頭にくくりつけておけばいいのだ」
兄弟の不毛な論争の最中に、ピレイが静かに口を開いた。
「王族の正装しかありません」
「正装?」
「即位式などで用いる、最上位の礼装です。
あれなら、頭飾りで髪を隠せます」
オーニチェが顔を上げた。
「そうだ。あれがあったか!」
「え!?」
ディアバスは目を丸くした。
「あの、首が折れそうなやつですか?
肖像画で見ましたけど。
金の板と簪を山ほどつけて、そこから死ぬほどいっぱい飾りが垂れてるやつ?」
「王妃の頭飾りが一番大きい。
それを使え」
「ペルラは王妃じゃないんですが……」
「大丈夫だ。バレない、バレない」
オーニチェは手を振った。
「ムーンストーン人のミリス様には、どうせ違いは分からないだろう。
よし、決まりだ」
「本当に……?」
ディアバスは不安そうな顔をした。
「ペルラの首が心配なんですが……」
※ ep.119 「119. 海の離宮編(31) 客室」を2026年09月06日 12時39分に更新(編集)しました。内容を大きく追記しています。すみません。




