11. 舞踏会編(11) 用事
南の庭へ出ると、大広間の音楽が少し遠くなった。
銀線の明かりに照らされた小道の先に、池が見える。
そのほとりに、アーバスことディアバスが立っていた。
背中を向けたまま、水面を眺めている。
名前を呼ぼうとして、ペルラは口を閉じた。
どうやら考え事をしているらしい。こちらが庭へ出てきたことにも気づいていない。
ペルラはドレスの裾を持ち上げ、足音を立てないように近づいた。
あと数歩。
ディアバスはまだ振り返らない。
ペルラは両手を伸ばした。
「わっ」
小さく声を上げながら、背中を軽く叩く。
ディアバスの肩が跳ねた。
ペルラはすぐ横へ回り込み、その顔をのぞき込んだ。
「驚いた?」
ペルラは、いたずらっぽく笑った。
「……驚いた」
「成功ね」
「驚いたし、お前は何をやってるんだ?」
ディアバスは庭の入口を振り返った。
「もう子供じゃないんだぞ。ミリス様に見られたら、まずいだろ」
「大丈夫よ。今、ミリス様はお兄様とお話ししているわ」
「いや、大広間には窓もあるんだし、どこから見えているか分からないぞ」
ペルラは両腕を上げ、大きく伸びをした。
「そんなことで駄目になるなら、もともとうまくいかないお話なのよ」
「お前、兄貴の努力を何だと思ってるんだ……」
ディアバスは額に手を当てた。
「ベルデの兄貴がかわいそうだよ。頼むから、結婚するまでは、せめて外ではお上品にしてくれ」
「失礼しちゃう。私、下品じゃないもん」
「今、俺を後ろから驚かせたばかりだろ」
「こういうことはしてないもん」
ペルラはドレスの裾を少し持ち上げた。
そして足幅を大きく開くと、片方ずつハイヒールを敷石へ打ちつけるように歩き始めた。
コツ、コツ、と庭に大きな音が響く。
「やめろ、やめろ」
ペルラは、ディアバスが慌てるのを見ると、楽しそうに笑った。
「ふふっ。私、今日はずっとお上品にしていたでしょう? ね?」
「お前は酒も飲んでないのに酔っ払えるのか?」
「酔ってないわよ」
「それなら余計に困る」
ペルラは池をのぞき込んだ。
月明かりと銀線の光が、水面に細長く揺れている。
「ねえ、何をしていたの? 池を見ていたの?」
「まあ、そんなところ」
「魚いた?」
「いない」
「そうだ。ガレナ様とお話ししていたんでしょう? さっき会ったら、そう言っていたわ」
「そう。ガレナ様と話した」
「何のお話?」
「色々。アルマンディンのこととか」
ペルラは素直にうなずいた。
ディアバスは横目でその顔を見た。
「……って、俺の話より、ペルラの方が大事じゃないか?」
「私?」
「人生がかかってる場面だったんじゃないのか。ミリス様とは、どうだった?」
「うーん、タールダダンも見られたし、ミリス様もいい人だったわ」
「そうか。良かったな」
ペルラは池のほとりに立ち、水面へ向けてつま先をそろえた。
「私、頑張れると思う」
「頑張る?」
「ええ」
「何を?」
ペルラは振り返った。
「結婚よ。ミリス様と結婚するの」
ディアバスは瞬きをした。
「あ……ああ」
それ以外の言葉が、すぐには出てこなかった。
「結婚ね。結婚……」
「お兄様も、そのために今日いろいろ準備してくださったんでしょう?」
「そうだろうな」
「ミリス様となら、きっとうまくやれるわ」
ペルラは満足そうにうなずいた。
ディアバスは池へ視線を戻した。
水面には、先ほどと変わらず銀線の光が揺れている。
「……そうか」
「うん」
ペルラはディアバスの横顔を見上げた。
ディアバスはぼんやり水面を見ていた。
ペルラはディアバスの腕を軽く叩いた。
「さっ、用事は終わったから帰りましょう!」
ペルラは歩き出した。
「用事」
「用事でしょ?」
ペルラが振り返った。
「そうだな」
ディアバスは少し笑った。
「ペルラ、後ろを見るな。前を見て歩け。
石畳だから、つまずくなよ」
「もう。お兄様みたいなこと言う――わっ!」
その瞬間、ペルラはつまずきかけて体勢を崩したが、ディアバスが素早く支えた。
「ほら、お前は言ったそばから……」
ディアバスは小さくため息をついた。




