106. 海の離宮編(18) 潮風
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
翌日。
オーニチェとピレイが離宮に来た。
まず、ペルラを見舞った。
ペルラは熱を出しており、固い表情のまま、言葉少なにベッドへ横たわっていた。
ペルラは一人でいることを怖がったため、ディアバスが離れる時は、必ず誰かが部屋に残ることになっていた。
ペルラが寝かされている客室を出ると、オーニチェは顔を手で覆った。
「ああ、離宮でもこんなことが起きるなんて……ペルラとディアの命が無事で何よりであったが……」
「生きてはいますが、ペルラ様は無事とは言えないでしょうね……」
ピレイはため息をついた。
ディアバスはペルラの部屋のドアの前で立ち止まった。
「部屋は昨夜のままにしてあります」
ディアバスはドアを開けた。
三人は部屋に入った。
前室の天井や壁や床に血が飛び散り、壁や家具には剣の傷がついていた。
オーニチェはソファの近くで足を止めて、かがむと破片を拾った。
バサルク王宮の思い出にと、オーニチェがペルラへ贈った茶碗だった。
ペルラは喜び、ずっと飾っていた。
「ペルラが投げたんです。
私を助けるために、咄嗟に敵に投げたんです」
「……そうか」
「すみません。
ペルラは大切にしていたので、本当は投げたくなかったと思いますが……」
「いや、いいんだ」
オーニチェは立ち上がって、ディアバスを見た。
「お前達二人が無事なら、何も言うことはない。
茶碗のことは気にするな。
もし少しでも役に立ったならよかった」
「兄上……ありがとうございます」
ディアバスは寝室のドアの前まで歩みを進めると、静かにドアを開けた。
潮風が駆け抜けた。
窓ガラスは割れ、カーテンが揺れていた。
寝室も所々血しぶきが散り、床に点々と落ちた血は引き摺られた跡になって乾いていた。
ベッドの横の壁には剣が突き立てられ、ペルラの髪の毛がからまっていた。
衣装棚の下段は残らず開け放たれ、宝石の箱がいくつも蓋を開けたまま乱雑に積み重ねられていた。
その全てに、血のついた手や指の跡が残っていた。
「ひどいな」
オーニチェはうめいた。
「ペルラ様はよく生きていましたね」
ピレイが言った。
「なぜ宝石が出ているのだ?」
オーニチェがディアバスに聞いた。
「王妃のティアラを出せ、と言われて、探したそうです」
「王妃のティアラ?
あれなら、もう回収したのではないか?」
オーニチェとディアバスの故母妃が、アルマンディンの実家から持参したティアラであった。
オーニチェとの婚約と同時にペルラに貸与され、婚約式や王宮行事に使われていたのだった。
アルマンディン様式の豪華なティアラだった。
ピレイがうなずいた。
「はい。王宮から離宮に移る際に、バサルク王家に返却していただきました。
しかし、ペルラ様は寝込まれていて、こちらで返却の手続きをしたので、ペルラ様はここにはないとご存知なかったのでしょう」
ディアバスは顔をしかめた。
「ペルラは、血だらけで、ここにはない物を探させられたのか……」
そのとき、ピレイの靴の下で、バジッと何かが割れる音がした。
ピレイが足をどけると、ヒビが入った真珠があった。
「あ……」
ピレイは真珠を摘み上げた。
その真珠を、ディアバスも見つめた。
「ベルデ様がペルラの誕生日に贈った、真珠のネックレスです。
切られて、バラバラになりました」
オーニチェとピレイがよく見ると、床には真珠が散乱していた。
多くは血に汚れ、踏まれたのか、潰れたり割れたりしていた。
オーニチェがため息をついた。
「ピレイ、王室宝飾師に可能な限り復元させろ。
ダメになった真珠は入れ替えろ」
「はい」
「ベルデ様がバサルクに到着するまで、もう少しだ。
ああ、なぜよりによって今なのか?
ペルラがあのままだと、申し開きできないぞ」
「一刻も早く元気になっていただきたいですが、妙案があるわけでもなし、やはり時間が経たないことには……」
「その時間がない!」
「そうですよね……」
ピレイは下を向いた。
その時、ディアバスがおずおずと口を開いた。
「あの……」
オーニチェとピレイが、ディアバスを見た。
「ペルラが、僕と結婚しない方がいいんじゃないか、って言うんです」
強い風が吹き込んで、カーテンが大きくはためいた。




