105. 海の離宮編(17) 音
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ディアバスはもう一度部屋を見回した。
もう剣の音はしなかった。
侵入してきた男達は次々に守備隊に連れて行かれていた。
「ペルラ」
ディアバスはソファの陰へ駆け寄った。
ペルラは座り込んだまま、動かなかった。
「もう大丈夫だ」
ディアバスはペルラの前に膝をついた。
「終わった。もう誰も来ない」
ペルラの顔と手に乾いた血が付いていた。
長い髪の片側が、ザックリ切られていた。
ディアバスは布を水で濡らして、ペルラの顔を拭いた。
「どこが痛い?」
ペルラは返事をせず、何度も周囲を見回した。
ドアを見て、窓を見て、またドアを見る。
「大丈夫だ。もう来ない」
ディアバスは、震えるペルラの手を取った。
「ペルラ?」
ペルラがようやく口を開いた。
「王妃様のティアラ……」
「ティアラ?」
「見つからなかった……」
ペルラの目から涙がこぼれた。
「私、なくしたのかな……」
「ペルラ」
「ディアとオーニチェ様のお母様の、大切なものなのに」
ディアバスはペルラの肩を抱いた。
「ティアラはいい。
ペルラが生きているだけで十分だ」
「でも……」
「大丈夫だ。今はもう考えなくていい」
ディアバスはペルラを抱きしめた。
ペルラの体は固かった。
その時、遠くで低い音が響いた。
腹の底まで伝わるような、鈍い音だった。
少し遅れて、窓ガラスの残った部分が細かく震えた。
すでにヒビの入っていたガラスが、音を立てて砕け落ちた。
ディアバスが顔を上げた。
ペルラも窓の方を見た。
暗い海の向こうで、大きな炎が夜空へ噴き上がっていた。
海上油田の一角が、赤橙色の強い光に包まれていた。
炎は風に煽られ、何度も高く、太く燃え上がった。
そのたび、暗い海面が赤く照らされ、波の上に長い光が揺れた。
黒煙が高く立ち上り、その下では炎が絶えず明滅していた。
もう一度、低い音が響いた。
「あれは……海上油田か?」
近衛の一人が窓へ駆け寄った。
「確認しろ!」
「油田側へ連絡を。王宮にも追加報告を出せ!」
近衛と離宮守備隊が慌ただしく動き始めた。
ディアバスはペルラを見た。
ペルラは瞬きもせず、燃える油田を見つめていた。
揺れる赤い光が、その頬をかすかに照らしていた。
涙が止まっていた。
「ペルラ」
返事はなかった。
「見るな」
ディアバスはペルラの顔を自分の胸元へ向けた。
また低い音が響いた。
「ここから出よう」
ディアバスはペルラを抱き上げた。




