亜久里るりの転生の理由
兄が亡くなって葬儀は共同住宅の側にある集会場で少人数で行った。両親もいなかった。兄はアイドルだった私の迷惑にならないように決してNNGアイドルグループの亜久里るりの身内だとは誰にも言わなかった。
生活もアルバイトを幾つか掛け持ちをして自立していた。私は兄に仕送りをしていた。少しでもいい生活をしてほしかった。でも。でも。
葬儀が終わって兄の暮らしていた共同住宅の部屋を整理していた時に私名義の通帳に全て入金されているのを見つけた。
「兄さん! 何で?」
こんな事故で死ぬくらいなら仕事なんてしてほしくなかった。
そして……手紙が通帳には挟んでいた。いつか私に渡す日を想定して書かれていたモノだった。
『るり』
私宛てだ。
『これはお前のお金だから自由に使いなさい。俺はこれ以上罪を犯すことは出来ない。だからお前がいつか俺の元を離れる日をちゃんと見送れるようになるためのケジメだからお前にこれを返す。お前の幸せが俺の幸せだ。お前の笑顔だけでいいからな』
意味が分からなかった。
兄は私に迷惑をかけたことはない。お金を無心されたこともそのコネを利用することもなかった。もちろん、罪を犯したこともない。
ただ。
ただ。
私は手紙を読んで涙が溢れた。
「もしかして私の気持ちを兄さんは気付いての? 私が犯してはいけない恋をしていたことを……兄さんはだから私が離れる時に全部清算するために受け取ってくれなかったの?」
実の兄に恋をするなんて。
許されない思いに兄は気付いていたのかもしれない。
そして、私を気持ち悪く思っていたのかもしれない。
胸が痛かった。
私は兄の遺骨を抱きしめた。
「ごめんなさい! でも、私は兄さんを愛してるの……」
きっと、他の人を愛せない。
兄の元を飛び立つ日は来ない。
それが兄を苦しめていた。
私は苦しくて、苦しくて、明けない夜の闇の中を飛び出し狂ったようにもうこの世にいない兄を探しに出かけて事故にあった。
アイドルになった。
女優業も順調だった。
人から見ればイージーな人生だったかもしれない。
「でも世界で一番欲しいモノは手に入らない」
私は苦く笑みを浮かべた。
「残念ヒロインのマルガリータも同じだわ。公式カップルのアルフレッド王子と結ばれないんだわ」
同じ運命だから転生したのかしら。
私はそう考えて不意に視線を感じてアスランを見た。
朝食を終えたアスランが笑みを浮かべた。
「マルガリータ、王都や他の領地へ出向いてデスサイス病を食い止めに行くのを手伝って欲しい。ロココの薬剤で出来るのは抑えるだけだ。君がいないと誰も助からない」
私は視線を伏せた。
「でも、リアンナ嬢が聖女になって手を打っているかもしれないわ」
「かもしれない。だが、もしそうで無ければ死ぬ人の数は計り知れない。やっぱり残念ヒロインポジが気になるか?」
父と母は首をかしげている。私たちの会話が分からないのだろう。そう転生者の私たちだけが分かる言葉なのだ。
私はアスランを見つめた。
「笑うかもしれないけど、私……残念ヒロインポジはもういいの。だってマルガリータ・ウィルソンは一周目でも二周目でも何周目でもマルガリータ・ウィルソンなんだもの。ただ公式カップルのアルフレッド王子をリアンナ嬢に奪われて結ばれないって、やっぱり私が一番大切なモノを手に入れれないせいなのかなって思って」
私は勝手に流れていく涙を拭った。
「マルガリータも私と一緒だから……一番愛しているアルフレッド王子と結ばれないのかなぁって思ってそれを見るのが辛くて」
アスランはそっと私の頭を撫でた。
「そうか、アルフレッド王子を愛していたのか。確かに愛している人が誰かを愛してしまうのは辛いな。でも、俺はそれでも人々を救ってほしいと思う。出来るだけ、マルガリータの目に入らないように俺が彼らにいう」
私は慌てて首を振った。
「あ、私は良いの。私は別にアルフレッド王子を愛してるわけじゃないから」
……。
……。
アスランは目を点にした。あ、父も母も目を点にしているわ。
ああ、そうね。確かに分からないかも知れないわね。
公式ストーリーでマルガリータが結ばれるのがアルフレッド王子で私は別にアルフレッド王子を愛してるわけじゃないから……説明が難しいかもしれない。
「あの、私……転生前に誰よりも愛していた人がいたの。でも、愛しちゃいけない人だったの。その、私は何時も一番望むものが手に入らないの。だから、マルガリータも同じだなって思って、公式カプのアルフレッド王子と結ばれないんだって」
アスランは転生者だから理解してくれたみたいに笑みを深めた。
「俺も同じだよ。ただ一人愛した子がいた。誰よりも愛しくて……そして決して結ばれてはいけない子を愛した。ずっとその罪に苦しんでいた。ただ、手に入らなくても良いと思ってた。困った時に助け、笑顔を見て、その子が幸せならそれでいいと思っていた」
……俺の望みはその子の幸せ、ただそれだけだったから……
「今のマルガリータは君だろ? 君がアルフレッド王子を愛していないなら大丈夫。まだ一番の望みは残っている。もうマルガリータは君の人生だから、今度は一番を手に入れれるように頑張ればいい。俺も応援する」
私は目を見開いた。
そう、今は私がマルガリータだわ。
それに。
それに。
「……ごめんなさい……私、恥ずかしい」
私はただ兄の幸せや兄の思いを考えずにただただ兄の心を求めていただけだった。
アスランの優しい手が私の頭を撫でた。
ああ、この手の感じも兄に似てる。
もし、今度生まれ変わって兄に本当に愛する人が出来たら……それが兄の幸せだったら……私は笑顔で見送ってあげないとダメね。影で大泣きしちゃうけど。
いまマルガリータという名の私がすることは一つだわ。
「行くわ、王都が無事なら無事でよかったと思うわ。そして、一人でも救える人がいるなら救うわ。アスラン、ありがとう」
アスランは笑顔で私に頷いてくれた。
父と母は意味が分からないみたいだったけど、他の領地の人々を救いに行くことを喜んでくれた。
晴れ渡った空の下で私はアスランと馬車に薬剤を詰め込んで街道を隣の領地の町に向かって走らせた。
王都に向かって。




